第5章 カ タ チ
部屋へ運び、ベッドにそっと寝かせると、ベッド脇のサイドランプを、片方だけ付ける。
薄い光の中でもチエの顔が真っ赤になっているのが分かる。呼吸も荒いし、つらそうだ
身体には触れない方がいいだろう……
エースが、水を取りにベッドから離れようとすると、くんと進行方向とは真逆に引き止められる
とても引き戻されるほど、強い力ではないが、弱々しく握られた手が無意識に身体を停止させた
崩れかかった理性の中で、チエはエースを引き止めた。
エースがどこかへ行ってしまう。
離れていく
そう思った途端、咄嗟に体は動いていた
『いか、ないで……』
「で、でも…」
引き留めようとするチエにエースは戸惑ってしまう。何か飲んだほうが楽になるかもしれないし、俺より医者にみせた方がいいのかもしれないのに
しかしチエが引き止めた理由を聞いて、エースは目を見開いた
『……イスカさんの、とこになんて……行っちゃやだ……』
予想外の答えに、エースは目を丸くして口を開く。外の騒音に比べて、随分と小さな声が耳に木霊した
「……イスカが、、来てるのか」
どうしてチエの口から彼女の名前が出たのかは知らないが、懐かしい響きについ、あの別れ際のことを思い出してしまう。
両親や、村を失い海兵になったイスカは、正義感溢れる真っ直ぐな海兵だった。上司を尊敬し、自分の仕事に誇りを持っていた。
正真正銘、良い奴だ。
多分、その真っ直ぐさや、意地の硬さがチエに重なって見えたのだろう。
だからイスカの上司が、彼女の故郷を奪った張本人だと知った時、エースはイスカを自分の船に乗せようと手を引いたのだ
しかし、ついぞ彼女がスペード海賊団の船に乗ることはなく、海兵たちが差し迫る中、1人その地に残った
あれからどうなったのか、知らない。
ただ無事に、また海兵をやっていると知ってどこかほっとしていた。