第5章 カ タ チ
「もう少しの辛抱だ」
苦しみ悶えるチエを抱き上げ、全力で走り抜ける。来た道を駆け上がり、海抜を超えたあたりで最大火力の火拳を繰り出した。
ヘイブンは追ってきてない。
俺の攻撃を予測してなかったのか、炎戒をまともに食らっていた
まだ油断は出来ないが、とにかく今はチエを安全なところに運ばなければ
抱き抱えたチエは、全身に力を込めて必死に耐えている。少しの振動でさえ、快楽に繋がってしまうと言っていた
──チエが、女であることに引け目を感じていたことは幼少期から気づいていた。
俺たちの狩りや修行に、チエは体力的にもついていけない。いつも、ただ家で食材と俺たちの帰りを待つのが、たまらなく退屈だと言っていたのを思いだす
それでも、一緒に行きたいと、連れて行ってくれと言ったのは、俺が島を出る前日のことだ
わがままなんて、1度も言ったこと無かったのに
あの時連れて行ってやれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
今のチエを誰にも見せたくない。
置いていったのは自分のくせに。今更チエを独占したいだなんて傲慢すぎる
胸の中で、後悔に似た黒い感情が渦巻く。チエとその黒い気持ちを抱えたまま、エースは火拳で穴を開けた箇所から外へ出た
もうスモークはなく、辺りは夜になっていた
(……ちくしょう、思ったより手こずっちまった)
爆発のせいで崩れた崖は、えぐり取られたように凹んでいる。そのギリギリの場所に立って目を凝らすと、もう船が停船してあった
計算より早い到着に、エースの鼓動は早まった。しかし、チエを船へ届けることが出来ると思うと、不安も薄れる。なにせ船なら、デュースも親父もいるからどこよりも安全に違いねェ
……自分の傍が1番安全だって、胸張って言えりゃアな
腕の中でボロボロになったチエを見て、つくづく自分の弱さが嫌になる
守ると決めたはずなのに。
「逃がさない」
「おわっ、!?」
沈んた気持ちを切り替えて、崖の端から戻ろうと振り返った瞬間
目の前に現れた、黒い人影に酷く掠れた音声
それが皮膚も声帯も焼けてボロボロになった、ヘイブンだと気づく
が、
「墜ちろ」
しまった、そう思う頃には体は大きく傾いていた。