第5章 カ タ チ
島が見えて、上陸の目処が立つとオヤジはすぐにチエを呼んで来させた。
「あと3日で島に上陸する。島の裏側には人も多い商業都市がある。」
『…賭けは私の勝ちだな』
念願の上陸だというのに、チエは元気がなかった。
それは十中八九あの新聞記事のことだろう
もう軍に居場所はない。戻ったところで海賊に生かされた海兵として汚名を着なければならない、そんなところへ笑顔で向かうはずもなかった
その様子に親父も気づいているようだった
「3ヶ月」
『え?』
オヤジがぼそりと溢した言葉にチエは意識を向けた
「お前ェがこの船に乗ってから3ヶ月経った。長年この海の上で暮らしてきた俺にとって3ヶ月なんてのはあっという間だ」
普段は酒を飲み、医者にくどくど言われれば文句を垂れる程度の寡黙な男が、珍しく饒舌になる時
「だが、その3ヶ月も小娘のおかげで中々に面白いモンだった。」
それは気に入った相手を口説く時だ
敵であれ、味方であれ、親父が想いをぶつける相手はいつもそうだった
『小娘じゃな、』
「チエ・ルノウェ」
『…っ!』
「俺の船に乗れ、チエ。俺はお前ェが気に入ったんだ」
その時チエは見たこともない顔をしていた。心底泣きそうな、でもどこか喜んでいるような複雑な顔だ
『………』
「答えは3日待つ。」
『…わかった』
チエはそれ以上何も言わずに親父の部屋を後にして行った
「……何も言わねェのか?」
扉が静かに閉まってから、親父はゆっくり口を開いた
「親父の決めたことに文句を言うつもりはねェよい」
「グラララララッ!」
そう返答すると、何故か親父は急に笑いだした。いつもの豪快な地響きのような笑いだ
「この船の1番隊隊長まで手玉に取られたって噂は本当らしいな」
「親父まで……!」
俺がチエに撫で回されてからか、俺が女海兵に手玉に取られたという噂が密かに広まっていた