第6章 悪夢の後日談
スティーブンさんは、ニコニコと世間話を続ける。
「君もすっかりこの街に慣れたみたいだね。ほら、最初に僕らが会ったときのことを覚えているかな? 君は教会の跡地にテントを張って暮らしてて――」
「もう、それ言わないで下さいよ、スティーブンさん~」
私が顔を赤くすると、スティーブンさんは笑う。
だが油断は禁物だ。この男が春風のごとく笑うのは、限界近い証拠だと聞く。
…………
ここはどこか? 私が探したアパートだ。
私は簡単に荷物をまとめ、家を出てきた。
もちろん電話があれば招集に応じるし、ちゃんと事務所にも顔を出している。
クラウスさんとは仕事以外で絶対に口をきかないけど。
とはいえ今まで住んでたとこは私の持ち家なので、本当ならクラウスさんに『出て行け』と言うのが正しい。
でもクラウスさんにそう言えば本気にして、ギルベルトさんと一緒に、私物から温室の植物から全て引っ越しさせてしまいかねない。
実のとこクラウスさんを凹ませた時点で、私の溜飲も下がってる。
なのに戻らないのは、久しぶりの一人暮らしが気が楽なため。
あれだけ言ったためか、クラウスさんも何か言いたげにしてるだけで、干渉して来ないし。
そうしたら来訪者があった。
『カイナ、ちょっといいかな?』
転居先の連絡は一切していないのに、副官殿が来やがった。
引っ越し祝いの『そば』という、ベタなものまで持参して。
…………
「では本題に入ろうか」
牽制(けんせい)のような前振りを早めに切り上げ、副官殿はテーブルに『あるもの』を置いた。
頑丈そうな大きなアタッシュケースである。ゆっくりと彼がそれを開けると、
「…………」
中身は限界までに詰められたゼーロ札である。
「300万ゼーロある」
油断のない瞳が私を射貫いた。
「……クラウスさんに頼まれたんですか?」
「まさか。僕個人の判断だ。金の出どころは聞かず受け取ってほしい。
これは全て君個人の小遣いとして使ってくれていい」
私はハーッと深い深いため息をついた。相変わらず勘が鋭いというか、どこで事の次第を知ったんだ。
片手で顔を覆い、
「あのですね。今どき、親でも痴話喧嘩の仲裁は買って出ないですよ?」