第6章 悪夢の後日談
前から謎なのだが、この世界の人らは技名を叫ぶことに、並々ならぬこだわりを見せる。
それこそ、あのクールなスティーブンさんまでが、毎度しっかり技名を叫んでるくらいなのだ。
技名を適当に言ったり省略するなど、もってのほか。
激戦中の激戦たる『血界の眷属(ブラッドブリード)』戦でも、それは守られる。
で、今、自分が叫べないから私が叫べと。
「嫌ですよ、恥ずかし――え? ちょ? クラウスさん!?」
だがクラウスさんは走り出していた。
道端のガラス片で、わざと自分の掌を傷つけ、そして跳躍!
ヤバい。放たれる。恐らく牙狩り史上初めての、アラスカヒグマが放つブレングリード流血闘術がっ!!
私はもう全ての羞恥心を押さえつけ、覚悟を決めた。
顔を真っ赤にし、ほとんどヤケで、
「ブレングリード流血闘術――111式! クロイツヴェルニクトランツェ【十字型殲滅槍】!!!」
タイミングっ!! どうにか間に合ったっ!!
かくして出現した巨大な十字の槍が、触手の親玉を完全にバラバラにしたのであった。
野生動物に倒されて、敵もさぞ屈辱だろうなあ……。
「クラウスさん!!」
あたりは触手の親玉から噴き出す緑の体液で、えらいことになっていた。
でも私はまず、無事生還した婚約者の首に抱きついた。
アラスカヒグマは目を細め、私をいたわるように、鼻面を寄せたのであった。
「はあ、疲れた……」
結局アラスカヒグマのロデオをして、道端に吐いて、人の技名叫んだだけじゃん。
動物になった婚約者に振り回され、幸せかと思いきや大変な一日だった。
はあ……この後の報告書もクラウスさんの代わりに私が書かなきゃダメだろうし。
ガクッと力を抜く私に、クラウスさんが顔をこすりつける。
それを撫でながら私はため息をついた。
面倒くさいなあ。猫になりたいなあ……。
…………
…………
翌日のライブラ事務所。
かくて『願い』が解除され、朝からあちこち大騒動だというのにライブラは平和であった。
そして。
「は……!? クマになりたいって、旦那の願望!? チビじゃなくって!?」
「面目ない。昨日は動物になっていたがゆえ、真実を明かすことが叶わず……」
頭をかくクラウスさんだった。