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【血界戦線】紳士と紅茶を

第5章 終局



 手すりに置かれた私の手の上に、クラウスさんの大きな手が重ねられた。
 顔を上げると、あのときと変わらない、クラウスさんの真剣な顔があった。

 三年前より、ちょっと余裕が出てきたかもしれない。
 肩幅もガッシリして、ライブラのリーダーとしてさらに風格がついた感じだ。

「三年前のあの日は、私にも焦りがあった。君の同意無しに性急に事を進め、君を戸惑わせてしまった」

 ……前言を撤回するようだが、今も十分焦ってるし、私の同意無しに性急に事を進めている。
 名字の変わった書類を見たときの、私のドン引き度を分かってらっしゃるのか。

「君が形式にはこだわらないこと。すでに私たちは半ば婚姻関係にあり、君が私に対し揺るぎようのない深い愛情の念を抱いているという話も、すまないが聞かせてもらった」

 あ。やっぱり立ち聞きしてたのか。会話しながらとか、どういう能力だ。

 ……それと発言を一部、捏造してないか?

「それだけじゃないですよ」

 私はクラウスさんにもたれ、夜の街を見る。

「エイブラムス先生と世界を見て回り、嫌でも気づかされました。
 この世界は、常に薄氷の上にあるのだと」

『異界』や『血界の眷属』だけではない。例え人間しかいない世界でも人は争いあう。

「ちょっと心配なんです。幸せになりすぎたら、それを失うのが怖くなるんじゃないかって」

 私はこの世界に来て、色んなことがありすぎた。
 全部消去したつもりだけど、今もうなされることはある。
 先の見えない世界は、不安がありすぎる。

 するとクラウスさんが言う。

「不確実な明日を見て、幸福を避けるのは正しい選択なのだろうか」
 そう言って私の肩を抱き寄せた。暖かい。

「ライブラでも、この三年の間に、色んなことがあった。
 長老級の『血界の眷属』との戦闘も幾度となくあったし、新たな世界崩壊幇助器具の覚醒にも立ち会った」

 今はその言葉の重みが分かる。私は唇を噛んだ。

「レオナルド君やツェッド君など新たな仲間も迎えたが、戦闘で失われた命も多い。
 ギャレットや幾人かの同胞は今も行方不明で、生死すら分からない」

 新しく来た人もいれば、人知れずいなくなる人もいる。

 それが、紛れもないこの街の現実だ。

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