第5章 終局
私は何も知らなかった。
クラウスさんがそこまで過酷で過密なスケジュールで、極限の日々を送っていたなんて。
ホテルの部屋に行ったとき疲労からか、クラウスさんは、うなだれてベッドに座っていた。
私はそんなの、知りもせず大喜びで走って抱きついてキスをした。
なのに反応がない。だから膝に乗り、大好きだと耳元でいっぱい伝えた。
それでも反応がない。
ついに、私はドキドキしながらクラウスさんの手を取り、そーっと、胸に当て、顔を真っ赤にしながら、
『今日、クラウスさんが来るって知って、嬉しくて……喜んでほしくて……あ、あの……エッチな下着とか、着ちゃったり、して……』
言ってから内心ジタバタ。いやらしい女だと思われたらどうしよう。
『もももちろん冗談です! 会いに来て下さっただけで、私、本当に嬉しくて……!』
大慌てで取り繕いながらガクブルしていると、クラウスさんが私の手を取った。少し乱暴に。
『……ん……っ!』
キスをされ、流れるようにベッドに押し倒され。
『クラウスさん……』
うっとりして恋人を見上げ――。
『……!?』
そのときのクラウスさんの目。どこかで見たことがあった。
そう。クラウスさんが私に告白して間も無く、寝ぼけて私に襲いかかったときの目。
だがそれよりもさらに凶暴。
何日もエサにありつけず、飢えに飢え餓死寸前になった猛獣の目の前に、生きた子ウサギが走ってきたときのような――。
「ああああああ……」
私は車の中で顔面蒼白になり、身体を抱きしめガタガタ震えだした。
「……その、あのときのことは本当にすまないと……!」
「カイナさん、これをお飲み下さい。心が落ち着くお薬ですから!」
お二人に構われる。もう記憶希釈の出来ない私は顔を上げ、真っ青な顔のクラウスさんに微笑み、
「いいんです……気にしてません……わ、わ、私一人が耐えていれば、すむ話ですから。
私が、笑ってさえいれば、どこにも波風は、立ちませんから……」
「ぅぐっ!」
クラウスさんがものすごい顔で胃を押さえ出した。
「坊ちゃま! カイナさん!」
大慌ての執事さんだった。
「旦那も旦那でチビが好きすぎて、素で追いつめてるしな」
「相性がいいのか悪いのか、謎なカップルだよな」
誰かが遠くでボソッと呟いていた。