第5章 終局
……ふう。ここまで書いていて、さすがに頭が混乱する。
記憶を操作する能力者は大抵厄介なものだが、ここまで世間を振り回す事例も珍しいだろう。
事実と信じた論拠が、この短期間でどれだけ二転三転しているか。
報告書を書かされた身としては、思い出すだけで赤面物だ。
だがそれだけ、彼女の情報操作が巧妙だったと言えるだろう。
何せ、自分で作った嘘を自分で信じている状態だったのだから。
結果として彼女は君を守るため、『過去』と『憎悪』の総体である『カイナ』を消去した。
ただ半生を切り捨てた割に、軽い気鬱の他、人格にさして変化は見られない。恐らく自我を守るため、最低限のデータは残しているのだろう。
今の彼女にとって過去は、歴史上の出来事のように『起こった事は知っていても感情を伴わない』物でしかないはずだ。
もしかすると、思い返して痛みや怒りを感じるかもしれない。
だが世界が滅びて構わない、という憎悪には発展しない。
終生、二度とだ。
この世界に一方的に呼び出され、激しい迫害を受け、帰るべき場所を消された。
復讐の手段を、半生を、家族の思い出を、自ら捨てる羽目になった。
それだけの自己犠牲を彼女に強いてしまった。
クラウス、君はそのことに激しい罪悪感を抱いているだろう?
君の彼女への最近の過保護は愛情だけじゃなく、強い罪悪感にも起因している。
だが、そうなるように仕向けたのは間違いなく君だ。
『牙狩り』本部が、裏切り行為に出た君を、ライブラのリーダーから更迭しなかったのは何故だ?
召喚門になりかけた少女を隔離し、術式を自発的に解除するよう誘導した――そう評価したからだ。
例え君がその評価に激怒し、抗議を入れようとな。
彼女は君と二人きりの生活で、君への依存が確固たるものになった。
君のことだから彼女に魔術を指導する以外に、心のケアをするつもりだったんだろう。
だが外から隔離された世界で二十四時間、一対一で面倒を見られ、しかも自分は歩けない状態。
はたから見れば、これは立派な『監禁』だ。
ただでさえ精神不安定なあの子なら、確実に君への依存を強化させる。
そして君もカイナが頼ってくるのが嬉しくて、それを助長した。
それが結果的に、世界を救うことになったのは大いなる皮肉だが。