第5章 終局
だが彼女の計画は瓦解した。
君に出会ってしまったからだ。
出会っただけで世界を救う。大したもんだよ君は。
君も途中から事実に気づいていただろう?
いや、聞くのもアホらしいか。
君は彼女に最も接触し、かつ彼女に関する実験データを、子細漏らさず全て把握している唯一の人間だ。
彼女が『召喚門になりかけてる』と発覚して大騒ぎになったとき、君は彼女に術式を解かせると言って出て行ったな。
あのときの君には、僕らもすっかりだまされたよ。
なんて愚かな賭けに出たのだろうと。
君は僕らに嘘はついていないが、全て話したわけではなかった。
『カイナが召喚門の術式を作った本人なら、解除も容易なはず』
と、勝算をきっちり見込んでいたわけだ。
実際、堕落王に術式をしっちゃかめっちゃかにされてさえいなければ、半年どころかコンマ数秒で終わっていたはずだろう。
あとは彼女の心の問題だった。
復讐を誓った時点の彼女――『カイナ』と表記するか――にとっての誤算だったのが、記憶障害状態のカイナが、この世界……というより君に恋着を抱いたことだろう。
『カイナ』はこの世界を、冷淡、残酷、混沌と解釈していた。
だからそんなことは決して起こらないはずだった。
堕落王がちょっかいを出したこともあり、彼女の精神は混乱していった。
結果、『カイナ』の優位性が崩れ、彼女は一種の分裂状態に陥った。
勝負を制したのはカイナ――現在の彼女だ。
君の支援を受け、術式制御の技術を身につけたカイナというべきか。
普段のあの子を見ていれば分かる。
元々、他人の不幸を願えるような子じゃない。
良い子なんだ。君が惚れた通りに。
彼女は強い。君に気にかけられている間に、今の自分自身の心の傷を癒やした。
そして君にすっかり感化されてしまった。
そして……まあ、その、君を愛した。
クラウス・V・ラインヘルツを失いたくないがため、彼女は計画を放棄することにした。
だからといって、そう簡単に恨みを消せるものではない。
今は許せても、後々悩まされるのは確実だった。
だから彼女は完全に消すことにした。
今となっては不要になったもの――迫害、そして元の世界の記憶を。