第5章 終局
それは最高級レストランから帰った夜のこと。
場所は、バラが見事に咲き誇る、我が家のバラ園。
私の前には正装を見事に着こなし、百本のバラの花束を持ったクラウスさんが跪いていた。
「カイナ……どうか、生涯を私と共に」
私は髪を夜風に揺らして、クラウスさんを見ていた。
「えと……」
「いつかの婚約申し込みはあまりにも簡素だった。
だからこうして正式な申し込みを」
そう言って、私の手を取り、うやうやしく口づける。
正装もあいまって、まるで本物の公爵様みたいだ。
夜なので顔色まではよく見えないが、顔を真っ赤にしているのは想像がついた。
周囲にあれだけ婚約を公言した後でのプロポーズ、というのも変な話だけど。
「そして、君との挙式の日取りも含めての話し合いに入りたい」
想像の中で、こういうシーンが来たらきっと嬉し泣きするのだろうなと思ってた。
愛おしさが爆発して、どうにかなっちゃうのかとも。
でも胸に去来したのは――。
「ありがとうございます、クラウスさん。すごく、嬉しいです」
「カイナ! では――」
「い、いえ、ちょっと待って下さい」
はやるクラウスさんをなだめ、ちょっと私もかがんで目線を合わせる。
「でもですね私たち、こういう話を真剣にするには、お互いに少し距離を取るべきだと思うんです」
「なぜ!? 君ほどに強く気高く優美な女性はいない! 私は――」
待って待って待って、と、どこまでも私を持ち上げそうなのを制する。
「そうじゃなくて、落ち着いて考えるべきはクラウスさんではなく、私なんです」
返答を言わせるまえに、私はクラウスさんから花束を受け取り、そっと背を向けた。
庭の明かりと夜のバラ園。とてもきれいだ。
ここにいつまでもいられたら、良かったのに。
花束に顔をうずめ、胸の感情を抑えた。
「心配しないで下さい。気持ちに整理をつけたら必ず返答に来ますから」
いつか私が、溶けて消えそうだとクラウスさんは心配してたっけ。
「だから――ちょっとだけ、さようなら。
今までありがとうございました、クラウスさん」
そう微笑んで。
私はクラウスさんの前から風のように姿を消した。