第1章 出逢い
「全部、嘘ですから。婚約者とか教会とか雑用とか、何もかも全部……見ず知らずのあなたに、迷惑をかけたくないって……」
言い訳みたいに呟く。
「私は私の信念に従って生きている。それをあなたが先回りして、迷惑と思う必要はない」
「……っ!!」
思わず顔を上げる。クラウスさんの目はまっすぐだった。
何で気づかなかったのだろう。この人は強い人だ。
私を助けることで面倒ごとがとか、言われるまでもなく全部承知で関わってきていた。
「許していただけるのなら、また、あなたとお話がしたい。
あなたがその本を最後まで守ろうとしてくれたように、私にとっても、あなたとの時間は大切な物だから」
あー、何かもう無理。誰かに大切とか言われるとか……もうホント無理。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
大きな胸にすがって泣きじゃくっていた。
抱きしめられ、すっぽりと包まれる。強く強く抱きしめられる。暖かい。もう何も見えない。
「……スターフェイズさん、イカも倒したし、俺、もう帰っていいっすか?」
「あー、そうだな。俺たち邪魔になってるみたいだし。おい、クラウス。先に戻ってるぞ。おーい?」
ボソボソ言ってるのが聞こえたけど、泣くのに忙しくて何も聞こえない。
霧の向こうからやってくる朝の光が、私たちをやわらかく包み込んだ。
そして気が済むまで泣いて、ハンカチで赤くなった目元を拭いてもらった。
クラウスさんは聖書を手に取り、ホコリをはらう。
「ミス・カイナ。あなたに読み書きを教えさせてほしい。
もちろん、迷惑だとか勝手にもう遠慮をせずに」
「え。いや、普通に勉強はちょっと……」
照れくささもあって、後じさり。
「聖書は世界中で読まれているもので、簡潔にして平易。
同時に全ての文学の根源でもある。テキストには最適でしょう」
いや。何か、嫌。今までみたいに何もせず、ボーッと一日を過ごしたい!
せっかくクラウスさんに近づけた気がしたのに、何で勉強がどうこうという話に!?
「ど、どうも、ありがとうございます……」
しかし、あれだけ迷惑をかけた後では断れない雰囲気で、私はおずおずとうなずいた。
クラウスさんの嬉しそうな顔に、ちょっとだけ顔を赤くして。