第1章 出逢い
「君、死にたいのか? いいからザップの手をつかめ!!」
今度はスーツの人にまで言われた。
しかし私は馬鹿に徹する。上下が分からなくなろうが、マジで吐きそうになろうが、どれだけ怒鳴られようが、意地でも聖書を放さない。
ついにクラウスさんが叫んだ。
「ミス・シノミヤっ!! それを捨てて下さいっ!! 私は何も怒ったりはしないっ!!」
ナックルで触手を一撃の下、粉砕しながら怒鳴ってくる。
銀髪の人も限界らしい。
「早くしろっ!! もう支えきれねえぞっ!! 命と本とどっちが大事なんだよっ!!」
皮膚を切り裂きそうな猛烈な風圧とG、怒鳴り声と叫び声が交錯し、何も分からない。
「絶対に嫌です……だって、初めて、もらった物だから……!!」
泣きながら叫んだ。
「……初めて、もらった物だから……これがいい……他のは、嫌……!!」
同じ物をまたくれても、きっとこの本ほど大切には思えない。
良い物。素敵な物。素晴らしいと思える物。
そんなものを初めて手に入れた。
本当は物心つく前に誰もが経験し、すぐに飽きて忘れてしまうもの。
私はそれを、昨日手に入れてしまった。
だから手放したくなかった。
嫌われ、呆れられ、去って行かれるのなら、もう二度と手に入れられないから。
「ミス・シノミヤっ!!」
ああ、でも、クラウスさんが必死に手を伸ばしてる。怒ってるみたいでちょっと怖い。
やっぱり怒らせたのかな。そうだよね。
でも、こんなに大切と思えるものをくれた人を、困らせる自分は、やっぱり嫌だな。
けど聖書を傷つけたくないし――。
あ、そうだ。ふと名案が浮かぶ。
「はい」
「――へ?」
私が投げた聖書を、ほぼ反射的にザップという銀髪男性が受け取る。
聖書の分、軽くなったせいなのか、ザップさんの攻撃が一瞬止んだせいなのか。
「それでは」
また後でと続けようとしたけど、その時間もなかった。
「――カイナ……っ!」
私は凍りついた表情のクラウスさんに手を振り――巨大イカの口に飲み込まれ、フードプロセッサーされたのであった。