第5章 終局
「過酷な記憶から逃げて正解なのだ。君は外道どもに刻み込まれた傷に、何ら向き合う必要などない。
逃走は戦略の一環で有り、決して卑怯な行いではない。
それを理由に君をそしる者がいれば、私はその者に戦いを挑むだろう! 君の名誉をかけて!」
……相変わらず熱い。逃げ場がなくなってしまう。
話をそらしたい。
「そ、そうですね。でも薄めるんじゃなく、いっそ全部消せればいいのに。はは……」
そしたらクラウスさんが私を抱き寄せる。
「以前、君は神性存在に記憶を食われたと言った。覚えているかね」
「ええ。まあ。契約の待ち時間におやつ感覚でって」
この記憶は完全に消えてるので復活は無理。
おかげで私は日本語も、お母さんの顔も名前も思い出せないのだ。
神性存在、まじこえー。
「なぜ二度と思い出せないのだと、君は最初から断定していたのだ」
「え? いえ、まあ。何となくそういうもんかなーと」
クラウスさんが私をさらにギュッと抱きしめる。痛い痛い。
「……恐らくそれは、君が己の記憶を消去した痕跡だ」
え。
「神性なる存在は、そのような卑小なことはしない。
恐らく君は、消去時の空白を埋めるため、神性存在に消されたと理屈をつけているのだろう」
「は?」
止まる。
「そしてこれは、君がこの世界に召喚されてから起こした最初の魔術――最初の戦いの痕跡でもある」
一呼吸置き、言う。
「君は自らの意志で、元の世界の記憶を消去した。私はそう考えている」
「…………」
「なぜ君が元の世界の記憶を、言語を、愛するご家族の記憶を、永遠に消去する決意をしたのか。
君がその結論を下すまでを思うと、胸が押しつぶされる思いだ」
分からない。それは誰だ。そんな奴、知らない。
混乱で凍りついていると、
「カイナ。生きる意志はあれど、契約式の解除は不可能ということであれば、それで構わない」
「でも、式の解除は私にしか出来ないんじゃ……」
「必ずしも君自身が行う必要はない。他の適材者を探せばいい」
私にかけられた術式は強力で、外側から解除しようとすれば何重もの防壁に阻まれる。
けど『召還門』になる都合からか、内側の防御はそこまででもないらしい。
つまり他の人に解いてもらうのは、私自身が解くより、もっと条件がキツイらしいのだが。