第5章 終局
夢の中では、珍しく怖い夢を何も見なかった。
その代わりデカい赤毛のクマさんの背中に乗った夢を見た。
とても楽しかった。
一緒に虹のかかる青空の草原を散歩して、花畑でお腹に埋まってお昼寝をして。川で遡上してきた鮭(さけ)を捕まえて。
……いや、最後のだけ空気が違くないか!?
だが愛しの彼は、クマになろうが天才的な狩猟手腕であった。
その眼光で脂の乗った鮭を見分け、私のために濁流の川に突っ込み、獰猛な咆吼と共に見事にデカい鮭をくわえ上げる!
赤く染まる川、卵を守らんと必死に逃げる鮭!! これぞ野生!!
というか鮭食べたい。今夜は鮭にしよう。
ぐー。ぎゅう~。
お腹すいた。熊クラウスさん、私にも鮭ください。お願いしたが、熊クラウスさん、鼻で私の頬をつつく。止めて。生きたまま鮭食った鼻でつつかないで。
けどアラスカヒグマは穏やかなうなり声で、私の頭やら身体やらをつついたり、いじったりする。
止めて。止めろ。鮭を食わせろ。
嫌がって首を振ると、髪を軽く引っ張られたり、胸を軽く撫でられたり、面白がるように、もっといじられる。
不機嫌になって、背を向けると、ますます追ってきて……。
…………
…………
パチッと目を開けると、凶悪な人相の男が横にいた。
「起きたかね、カイナ。よく眠っていた」
相変わらず枕が硬い。妙な夢だったはずだ。
私に腕枕したクラウスさんが、片手でちょいちょい私をいじっていたのだ。
目が合うと嬉しそうにキスをしてくれる。
「おはよう。素晴らしい一夜だった。そして実に愛らしい寝顔だった」
「この鮭泥棒が」
「斬新な朝の挨拶(あいさつ)だ。とても興味深い。何の夢を見ていたのかね?」
私の鼻をつまみながらクラウスさんが笑う。止めい。
「クラウスさん。鮭の生食はよくありませんよ。寄生虫とかちゃんと除去しないと。あと私に鮭を下さらないなんてひどいです」
「ふむ。君の夢の中の私は、ずいぶんと粗暴で気の利かない男のようだ。
今度私を呼んでくれたまえ。レディへのマナーと魚類の適切な調理法について、説教させていただこう」
「そうして下さい……むぎゅ……」
こら。頬をむにむにすんな!