第5章 終局
思わず目を開けた。だがクラウスさんはやはり大真面目である。
「驚くには値しない。そもそも君はその魔術的素養により、並行世界から拉致されたのだ」
マジか。
「君は私に出会う以前から、誰に教えられたわけでもなく『記憶希釈』の魔術を使用し、並行して体内の栄養摂取機構を変化させていた。
魔導組織に拉致されたときも今も。状況に左右されることなく。これは驚くべきことだ」
「…………」
「君は幼児では無く、すでに術者として一定のレベルにある。
だからこそ君自身が術式を解除することが、皆が思うような夢物語であると、私は決して思わない!
可能性を放棄し、安易な犠牲を強いる動向は断じて否定する!」
…………。
これはあれだ。全国の中二病患じ……ゴホンゴホンっ!! その、誰しも夢見る『平凡な私も異世界ではチート!?』という状況だ!
……チートが使えてやっとこスタートライン、というのがヘルサレムズ・ロットの恐ろしさであるが。
「でもやっぱ無理ですよ」
チートはさておき私にかけられたのは、本当に分厚くて複雑な術式なのだ。
素手で重装甲を引き裂けと言われてるようなもの。
一個一個解いてって恐らく十年単位、下手すれば何百年もかかる。
私を信じ、助けたいと思ってくれるクラウスさんの気持ちは本当にありがたい。嬉しいと思うけど。
「……すまない! 君が心身共に深く傷つき、疲弊しているかということに思い至らなかった! 我が身を深く恥じるばかりだ!」
い、いや。そこまででは! 真剣に頭を下げて謝らないで下さい!! 罪悪感が!!
「どうすれば、君は精神を奮い起こすことが出来るだろうか?」
実を言うと、ちょっとやる気になってきた。
クラウスさんを失望させたくないのと、『頑張ればクラウスさんに褒めてもらえるかも!』という下心で。
でもまあ。
「な、何かご褒美ありますでしょうか……」
「分かった。では私と婚約してくれたまえ」
「いえそういう重いの、いいですから」
「む。そうだったな。これでは私への報奨になってしまう。
では君が望むものを何でも」
「じゃ聖書下さい。前にいただいたの、焼かれちゃったんで」
「承知した。すぐにでも用意しよう!」
……。
…………。
今、人生のハイライトが一瞬で来て、一瞬で去っていかなかった?