第5章 終局
私は夢のない夢を見ていた。
もう光の渦は無く、真っ暗闇に閉じ込められていた。
その向こうから巨大でおぞましい物が来る。
なのに足が動かせない。
怖くて怖くてうずくまっていると、歌が聞こえた。
歌が聞こえる方を見ると、優しい光が見えた。
私は勇気を出して立ち上がり、歌の聞こえる方に一生懸命歩いた。
すると暗闇が終わり、そこには光に包まれた一面のバラ園が広がっていた。
そのど真ん中で、巨大なクマさんが歌ってた。
私はホッとして駆け寄り、クマさんを抱きしめる。
碧の瞳の優しそうなクマさんだった。
…………
「…………」
どえらいファンタジックな夢を見た気がする。
お子様の夢か!! 思い出すと、ものすごく恥ずかしくて顔が赤くなる。
というか歌が聞こえたせいだ。歌!
「~~~♪」
「ん?」
てか現在進行で歌が聞こえるし。
いや歌ってか鼻歌だ。このせいで変な夢を見たんだ。
ボケーッと目を開けると、配管むき出しの灰色の天井が見えた。
寝返りを打つと、景観ゼロ。灰色の建物しか見えない小さな窓がある。
クラウスさんがその窓辺に立っていた。
鼻歌を歌いながら、フチの欠けたコップで窓辺の鉢植えに水をやっている。私に気づいていたようで、
「起きたかね。おはよう、カイナ。調子は?」
「おはようございます……大丈夫です」
クラウスさんは水やりを終え、
「生活に必要な箇所だけ、概(おおむ)ね修繕した。
窓ガラスは業者を呼びたいところだが、長期間滞在するわけでもないから、目張りで我慢してくれたまえ」
「はあ」
私は部屋を見る。旅行カバンは昨日と同じ位置。
室内の調度品は、元々置かれていたものをそのまま使っているみたい。新しく出したものはほとんど無いようだった。
……何かあったとき、すぐ逃げられるよう備えてるみたい。
「カイナ。この鉢植えは、前の住人が置いていったものだ。危険な添加物は無いが、食すのはやめてくれたまえ」
うーむ、意外な。ヘルサレムズ・ロットにも、植物を育てる余裕のある心優しき人がいるのか。
よく手入れされていたのだろう。青々とした葉っぱがきれいで――。
「大麻草だ」
「了解いたしました!!」
やはりここはヘルサレムズ・ロットの裏通りだ!