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【血界戦線】紳士と紅茶を

第5章 終局



 ホットケーキが運ばれてきたので、ガシッとフォークをつかむ。
 うわあ、美味しそうな蜂蜜の匂い。クリームたっぷり、ふんわりキツネ色!!
 こんな美味しい物、ずいぶん長いこと食べていない気がした。慌てて口の中に押し込もうとしたら、


「カイナ。急いで食べるのは止めたまえ。小さく切り、よく噛んで、ゆっくり飲み込んで」
「はい」

 子供扱いすな!と、普通なら反発すべきところだったかもしれない。
 けど、クラウスさんに言われると素直に『聞かなきゃ』という気になるから不思議だ。

 なので言われた通りに、ゆっくりゆっくり食べる。
 ちなみにクラウスさんは次々に運ばれるレバーを、完璧なテーブルマナーで速やかに片付けていく。
 だから私もよく噛んで静かに食べ続けた。


 穏やかで静かな夜だ。

 店の時刻は深夜だ。まだ閉店時間じゃないみたいだけど、客も少ない。
 古めかしいジュークボックスからは、雑音混じりのジャズが流れてくる。

 甘い物で満たされ、私は小さくあくびをした。
「食べ終えたら改めて、しばらく泊まる場所を探しに行くとしよう。横になっての休憩はもう少し我慢してくれたまえ」
「了解です」

 クラウスさんがいるせいか、不思議と不安な感じはしない。
 彼が、あまりにもどっしりと構えているせいかもしれない。
 山ほどの不安を『まあ何とかなるか』という気にさせてくれる。

 ……山ほどの不安?

 首をかしげた。

「そういえば私、何かすごく大事なことを忘れてる気がするんですが」
 
 そもそも、自分の名前まで忘れるって変じゃないか?

 も、もしかして私は若年性何たらで、クラウスさんは私の面倒を見る人なのか!?
 ダーッと不安が押し寄せ、私は真っ青になった。
 だが。

「君は何も忘れていない。カイナ」

「!」

 クラウスさんは食べる手を止め、まっすぐ私に言う。

「今の君は精神状態によって、記憶の濃淡が変化する状況にある。
 だがそれは君が、君の精神を安定させるために行っていることで、何ら異常なことではない」
「で、でも私、今、ほとんど何も分からないんです。それで異常じゃないって言われても……」

「そのために私がいる。頼ってくれたまえ。安心して」


 安心して――傷ついた心と身体を休めてほしい。


 そう言われた気がした。

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