第4章 異変
ギルベルトさんの運転する車が、ヘルサレムズ・ロット市街を走っていく。
盆栽展ねえ……。
「小さな鉢の中に自然の景観を再現する、実に美しい芸術だと思っている。
こうしてヘルサレムズ・ロットでも大規模な展示会が開かれるようになったのは、実に喜ばしいことだ!」
私の隣で、パンフ片手にクラウスさんが語っている。
実に興奮を隠せないご様子だった。私の想像以上に、楽しみにしていたらしい。
私の中では『近所のじーちゃんが退職後の趣味にやってた気がする』くらいの認識なのになあ。
いや、だから何でそう、どうでもいいことだけ覚えてんだ私。
「カイナ。日本人の君は、どの種類の盆栽が最も美しいと思う?」
キラキラとした目で聞かれた。
「はっ!?」
い、いや、ンな『日本人だから知ってて当然』みたいな質問されたってっ!!
クラウスさん、私の記憶が虫食い状態だって、時々忘れてないか!?
「や、や、やっぱり松ですかね~」
やっぱりも何も盆栽っつうと、それしか思い浮かばん。
だがクラウスさんはうんうんと満足げに頷き、
「やはり君の国は、老いも若きも松に敬愛の念を抱くのだな」
「いや、別にそこまでは――」
「ヨーロッパでも様々な種類の盆栽が発展しているが、日本古来より伝わる松柏盆栽の多様さと美しさには崇敬の念を禁じ得ない。以前、所用で訪れた貴族邸で見た300年物の五葉松の衝撃は筆舌に尽くしがたく――」
以下略。
クラウスさんがまた、日本かぶれのガイジンに見える……!!
すると私の沈黙を何かしら勘違いしたのか、
「もし君が興味があるのなら、盆栽展で専用の道具を見繕うことも出来るが。何なら一緒に――」
「いいです、いいです、いいです、いいです!!」
恋人同士で枝振りを議論したり、松の枝にハサミを入れたりとかシュールすぎるわ!!
「そろそろ会場に到着いたします」
ギルベルトさんが言う。クラウスさんはまたも目を輝かせ、まだ見えるわけでもないのに、窓から外を見てる。
すっかりはしゃいじゃってるなあ。
仕方ない。
私の気分が優れないのを察し、深夜にお仕事をしてまで連れてきていただいた展示会だ。
出来るだけ楽しそうにしていよう。
「レディ、手を」
「どもです」
そしてクラウスさんにエスコートされ車を降りたのであった。