第4章 異変
私の肩にふわっと羽織がかけられた。
「夜着だけでは風邪を引いてしまう」
「すみません」
そしてクラウスさんが椅子を引き、向かいに座る。
「あの、クラウスさん……」
勝手に出てきてごめんなさい。
でも別に何かあったわけでは無く、ちょっと風に当たりたくて。
そう言おうと思ったのに、実際に出てくるのは自分にも聞こえないボソボソとした声。すると、
「美しかった」
クラウスさんが私を見、目を細めながら言った。
「?」
「夜風に髪を揺らし、一人、庭園を眺めていた君が。
あまりの美しさと儚(はかな)さに、そのまま月の光と共に花々の中に消えてしまうのではないかと、しばし声をかけられなかった」
「……ど、ども」
『大丈夫ですか?』と真顔で聞いてしまうところだった。
た、多分ピロートークの延長みたいなもんだろう。
でないとちょっと引く。
それに私、パジャマだし。寝癖ついてるしっ。目の下にクマ出来てっし!
むしろあなたの方が、その……顔は怖いけど、美しいです。
月夜のガーデンに降り立った、高貴なる獣とでもいうのか。
……あかん。自分で考えて恥ずかしい。
「さあ、食べてくれたまえ、レディ」
完璧な所作で私のカップに紅茶をそそぎ、クラウスさんが言う。
「いただきます」
そっとマフィンをつまむ。甘い。暖かい。美味しい。
でもドキドキする。
何で私がここにいるのか、理由を聞かれないかと。
幸せではないのかと悲しい顔をされるのか。
勝手に出てきたことを叱られるか。
あるいは悩みを打ち明けて欲しいと説得されるか。
傷つけないよう、迷惑をかけないようやり過ごすには、どうすれば。
「クラウスさん、寝なくていいんですか?」
考えて出たのは、どうしようもない言葉だったが。
「必要な睡眠は十分に取れている。ありがとう」
「……はい」
目を合わせるのが気まずくて、紅茶を口に含んだ。すると、
「この紅茶は何だと思う?」
クラウスさんが、目をキラリと光らせた。
「えと、アールグレイ?」
「ダージリンだ」
クラウスさんがフッと笑う。
「なぬ!? このキリッとした芳香と余韻、間違いなくアールグレイだと!!」
私に『利き紅茶』をやるのが クラウスさんの密かなブームらしい。
私の勝率は一割未満であるが。