第1章 出逢い
クラウスさんは恥じたように言う。
「先日は大変失礼いたしました。あなたは親しい方を全て亡くし、それでも気丈にふるまっておられたのに私は何度も無神経なことを――」
……そういうこともあったっけ。
完全に忘れてた。
そもそも全然気丈にふるまう演技は全くしてないし、逆に嫌な連中がいなくなって、せいせいしてましたが。
「いえ私こそ、嘘をついてしまい……」
そもそも、クラウスさんは今も私が『婚約者と教会の仲間を失った』と信じ込んでいる。
打ち明けるタイミングを完全に失ったなあ。
気まずさを隠すため聖書を見た。
……ギョッとした。
ずっしり重いのは新約旧約一体版だからだ。
職人の手作業と思われる革装、三方金仕上げ――本の裁断面全てに金箔。ついでに表裏背表紙全てに、十字架や聖書の一場面が、これまた金でエンボス加工がされてる。
……こういうレベルのもんは、もはや一般書店には置かれない。
欧米各国には聖書だけを作る専門職人がいて、こういう高級聖書はそういった工房にオーダーメイドで作ってもらうものだ。
むろん、額も一般市民が簡単に手を出せるものではない。
「受け取れませんっ!! お引き取りをっ!!」
高速で首をぶんぶん振ったっ!!
元はと言えば私の嘘が発端、ということもあるけど他にも理由がある。
「ご遠慮なさらず」
遠慮するわっ!!
「いえ、だから私は敬虔な信徒ではなく、あくまで雑用係としてここにいたんです!」
「でしたらこの教会が再建された折り、あなたから教会に寄贈していただければ――」
「じゃあ再建されてから、ミスタ・ラインヘルツが寄贈なさればいいでしょう!」
しばらく『いらん』『遠慮せず』という押し引きが続いて、ついに顔を真っ赤にして言ってしまった。
「あのですね! 私、英語がほとんど読めないんですよっ!!」
クラウスさんがピタリと止まった。