• テキストサイズ

【血界戦線】紳士と紅茶を

第3章 告白(下)



 いつかクラウスさんに飽きられ、捨てられるかもしれない。それが怖い。
 いやクラウスさんはそんな人じゃないか。

 彼の慈愛の対象が、私ではない別の不幸な子に移るのが怖い。
 まだ存在しない誰かへの醜い嫉妬だ。

 ずっと最悪な思いをしてきたから、今の幸せが怖い。
 なら、自分から離れていく方がはるかに楽。

「坊ちゃまは、カイナさんを喜んで支えて下さると思いますよ」
「そう、ですね」
 だからこそ、だ。

 ギルベルトさんは私に紅茶を用意すると、お庭の温室の方へ水やりに行ってしまった。
 私はリビングの大きなソファに座り、もそもそと、高級ケーキをいただく。
 甘い。いやしょっぱい。

 ポツッと涙がこぼれた。

 …………

 そして植物のお手入れを終え、ギルベルトさんがお帰りになる。
 私は玄関口で、
「あのスティーブンさんに、出来るだけ早く新しい仕事を紹介して下さいってお伝え下さい。クラウスさんには秘密で」
 スティーブンさんの連絡先を聞いとけば良かった。
 でもやっぱ苦手な相手ではあるし。

「ご安心を。それと、時にカイナさん」
「はい?」

「第三客室のオーガスタの葉っぱがほぼむしり取られていたのですが、理由をご存じでしょうか?」

 ギクッ!!

「さ、ささささあ……いたずらな小猿さんでも入ってきて食べちゃったんですかね!!」
 思いっきり目をそらし、上ずった声で応える。
「そうですか。それは心配ですな。室内の植物であろうと除虫剤はまいてありますので」

「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと洗いましたから!」

 …………。

 しーん。

 ギルベルトさんは『はっはっはっ』と、好々爺(こうこうや)の笑みで、片目をつぶる。

「私もこのことはクラウス坊ちゃまには内緒にしておきますね。
 ですから、引っ越しの件に関してはカイナさんも、もう少し落ち着いてお考えになってみて下さい」

 ううう。貸しを一つ作ってしまった!
 だ、だってクラウスさんの育ててるものって、ホントにつやつやしてて葉っぱの肉付きがよくってさあ!
 
「クラウス様は、カイナさんを迷惑と思ったことなど、今まで一度もありませんよ」

 では、と一礼して執事さんは去った。

 私は黙ってそれを見送った。

/ 498ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp