第3章 告白(下)
いつかクラウスさんに飽きられ、捨てられるかもしれない。それが怖い。
いやクラウスさんはそんな人じゃないか。
彼の慈愛の対象が、私ではない別の不幸な子に移るのが怖い。
まだ存在しない誰かへの醜い嫉妬だ。
ずっと最悪な思いをしてきたから、今の幸せが怖い。
なら、自分から離れていく方がはるかに楽。
「坊ちゃまは、カイナさんを喜んで支えて下さると思いますよ」
「そう、ですね」
だからこそ、だ。
ギルベルトさんは私に紅茶を用意すると、お庭の温室の方へ水やりに行ってしまった。
私はリビングの大きなソファに座り、もそもそと、高級ケーキをいただく。
甘い。いやしょっぱい。
ポツッと涙がこぼれた。
…………
そして植物のお手入れを終え、ギルベルトさんがお帰りになる。
私は玄関口で、
「あのスティーブンさんに、出来るだけ早く新しい仕事を紹介して下さいってお伝え下さい。クラウスさんには秘密で」
スティーブンさんの連絡先を聞いとけば良かった。
でもやっぱ苦手な相手ではあるし。
「ご安心を。それと、時にカイナさん」
「はい?」
「第三客室のオーガスタの葉っぱがほぼむしり取られていたのですが、理由をご存じでしょうか?」
ギクッ!!
「さ、ささささあ……いたずらな小猿さんでも入ってきて食べちゃったんですかね!!」
思いっきり目をそらし、上ずった声で応える。
「そうですか。それは心配ですな。室内の植物であろうと除虫剤はまいてありますので」
「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと洗いましたから!」
…………。
しーん。
ギルベルトさんは『はっはっはっ』と、好々爺(こうこうや)の笑みで、片目をつぶる。
「私もこのことはクラウス坊ちゃまには内緒にしておきますね。
ですから、引っ越しの件に関してはカイナさんも、もう少し落ち着いてお考えになってみて下さい」
ううう。貸しを一つ作ってしまった!
だ、だってクラウスさんの育ててるものって、ホントにつやつやしてて葉っぱの肉付きがよくってさあ!
「クラウス様は、カイナさんを迷惑と思ったことなど、今まで一度もありませんよ」
では、と一礼して執事さんは去った。
私は黙ってそれを見送った。