第3章 告白(下)
「取られたものはもう、一から覚え直すしかないんで」
私の昔の記憶はまだら模様。
日本語も、日本の文化も覚えてたり覚えてなかったり。
私が元の世界への帰還にこだわらないのは、そこらへんにも理由がある。
戻ったところで、もう親の顔さえ分からないのだ。
「私のハンパな日本語はもう通じないでしょうねえ。
モウカリマッカ! ボチボチデンナ! ふはははは!」
……お忘れだと困るが、私いつもは英語でしゃべってっから。
だが実態は言葉の使い方を間違ってたり、そもそも意味が通じなかったり、最悪カタコトだったりで、日々クラウスさんに訂正いただいてる。
「…………」
う。クラウスさんの空気がみるみる重くなる。
やべえ。笑い話で話したつもりだったのに。
クラウスさん、ものすごーく背負い込む人なのだ。
「すまない……私は、いつも君の心の傷を引き裂いて……」
うわ。大の男の人がマジで泣きそうだ。
「あ! いや、ちょっと! 止めて止めて! それ書きかけだからー!!」
心の傷どころか、私の書きかけの手紙まで引きちぎりかけたので、大慌てで取り返す。
そして大急ぎで残りの文を追加した。
”Dear Mr.Klaus. I look up to you ! (尊敬してます!)”
クラウスさんはその手紙を受け取り、しばらく眺め『ありがとう』と言って頭を撫でてくれた。
「けど、君に褒めてもらうために手紙を提案したわけではないよ。
もう少し色々なことを書いてくれると嬉しい」
「と言いますと?」
「例えば日々起こったこととか――」
それ、手紙ではなく交換日記……。
言いたくなったが、分厚い日記帳を渡されても困るので黙っている。
「クラウスさんはどうなんですか。私に手紙を書くなら、どんなこと書きます?」
「む……」
クラウスさんからのお手紙は、パーティーへの招待状以来だったかな。
スマホですませたり、本人に時間がなかったりってこともあるけど、やはり私同様、色々考えて何も浮かばないらしい。
貴族なので、さぞや美辞麗句を並べるだろうと、楽しみにしてるのに。
「…………」
クラウスさん、ペンを持ったまま凍りついた。
あれだけ人にあれこれ言うのに。
「ほら、早く早く! 五、四、三……!」
後ろから首に抱きつき、笑って急かした。