第1章 出逢い
「今度こそ! 本当に! 絶対来ますんで、どうぞお気遣いなくっ!!
いやあ私の婚約者は、ホントひどい男です。どついてやらねばですね!!」
ブンブンと腕を振り回し、盛大に傷に響いた。あたたた。
よろめいた肩をクラウスさんに支えられる。うう、カッコ悪い。
とにかく推されてなるものか。帰っていただかねば。
「でもですね、ミスタ・ラインヘルツ! 私は彼を愛しているからこそ、待ちたいのです! 信じているのです!」
「あなたの強いご意志には深い感銘を受けますが、しかし……」
「クラウス様。そろそろ会合のお時間が」
お、有能執事さんが助け船を出してくれた。
「……分かった」
クラウスさん、渋々うなずいてくれた。
あー、良かったあ。
ホッと胸をなで下ろし、重ねてお礼を言いながらお見送りの態勢でいると、
「よろしければこれを」
クラウスさんが執事さんから紙袋を受け取り、私に寄こした。
「?」
「ご迷惑でなければ昼食をご一緒にと思ったのです」
「食事……」
「といってもこのあたりでは、まだこの店しか残っておらず、こういった物しか」
「…………」
いい匂い。紙袋を開ける。
ドーナツがいっぱい。
オールドファッションみたいな定番ドーナッツや、たっぷりチョコスプレーがかかったやつや、どぎつい色をしたアメリカンなものやら。
人前ということも忘れ、つい一個取る。
かぶりつく。
……甘い。
脳天を揺さぶるドーナツの甘さ。
砂糖と油をたっぷり混ぜた、いっそしつこいくらいに甘すぎるドーナツ。
こんなもの、一度だって食べさせてもらえなかった。
「あ……」
クラウスさんが『しまった』と言いたげな声を出す。
「………………」
ぼろぼろと、またも涙がこぼれて止まらない。
嗚咽のような声が喉の奥から漏れた。
「ミス・シノミヤ。もしや味に問題でも? 申し訳ない。成分の確認を怠り――」
もう声を出すとか全然出来ない。
「ひっく……ごめんなさい……何でも、ないんです……美味しいです……すごく、美味しいんです……」
首を振って、泣きながら、しょっぱい味の混じるドーナツを食べ続けた。