第1章 出逢い
「一旦ヘルサレムズ・ロットの外に出れば、あなたを保護出来る施設などいくらでもありますし、必要とあれば私とギルベルトが手続きを――」
「いやいやいやっ!!」
高速で手を左右に振り、そこまでの気遣いは不要と、重ねて主張する。
だがクラウスさんも引かない。
「先ほどは運が良かっただけのことです。ギルベルトが渋滞を予測し、道を変えていなければ――」
今頃私、生体ブルドーザーにより人間挽肉にされてましたな。
しかし、ここまで説得されると弱い私の心もぐらりと揺れる。
とにもかくにもここを離れた方がいいというのは理解出来る。
クラウスさんも安心してくれ、きれいに別れられる。
何より私自身が、初めて『組織』の監視下から逃れられたのだ。
もうヘルサレムズ・ロットの外に出て自由に生活を――。
…………。
記憶の向こうから声がする。
『離れるな、逆らうな、命令に従え』
仮面をつけたように無表情の『組織』のメンバーたち。
鉄格子、血まみれの実験ベッド、たくさんのメスや鉗子、鎖、手錠、無数の点滴。引きずり出される内臓、えぐられる眼球、切り裂かれる四肢。
殺してと絶叫し続ける私をよそに『もう少し負荷を上げようか』と話し合う奴ら……。
心臓に氷水を浴びせられた気がした。
どくんどくんという鼓動が大きく聞こえ、体感温度が急下降。息が苦しくなる。
「……ミス・シノミヤ。しっかり。落ち着いて深呼吸をして」
あ、あかん。繊細なご神経で、この街で生きていけるわけがないのに。
過呼吸になりかけたのを、手で口をふさいで、どうにか押さえた。
でかい手に背中をさすられ、どうにか平静を取り戻す。
「大丈夫ですか?」
うーん。この人がいると、どうも落ち着かない。
今まで『組織』の人らが、私を廊下のゴミか風よけ程度にしか扱ってなかったせいだろう。
こうして構われ、心配される状況が非常に落ち着かない。
クラウスさんが本当に出来た人なのはよーく分かった。
もう疑わないから、さっさと私のことは忘れて日常に戻って欲しい。
私も、私の『日常』に戻りたかった。