第1章 出逢い
そしてクラウスさんは笑顔を消す。
私は無意識に身体を固くした。
「ところでミス・シノミヤ。あなたに伺いたいことがある」
その低い声に『怒られる!』と無意識に身体が固くなる。
するとクラウスさんはハッとした顔になり、
「あ、いえ、失礼しました。そういったつもりではないのです。
昨日、あなたの婚約者が迎えに来られるはずでは?
なぜあなたは、今お一人でおられるのですか?」
……えーと。
「えーとですね、昨日はその、道路が混んでまして……彼、ちょっと来れないって」
「歩いてでも来るべきでしょう」
うわ、また信じてくれてるわ、婚約者なんて大嘘を。
「婚約者たる若い女性にこんな場所で一晩明かさせた挙げ句、命を危機にさらすなど」
クラウスさんは、実在しない男に苦言を呈している。
そのあたりで、ギルベルトさんも包帯を巻き終えた。
「ミス・シノミヤ。これにて応急処置は完了いたしました。
もう一度伺いますが、本当に医者は不要と?」
執事さんに心配そうに聞かれた。
「もちろんですとも!」
ブンブンと首を上下に振る。私はガーゼやら包帯やらで、ちょっと怖い見た目になってた。あー、口の中が切れて痛い。
顔をしかめる私を見、クラウスさんは、
「ミス・シノミヤ。婚約者の到着を待たず、早急にこの場を離れることをお勧めします」
私はパタパタと手を振って否定した。
「いやー、結界をもう一度作っていただきましたし大丈夫ですって」
「異界の存在に『結界』などという人間の魔術は、せいぜい土地所有の主張程度の効力しかありません。
先ほどのゴロツキのレベルには有効でしょうが――」
それより上位の存在など、数えるのがアホらしくなるくらい、この街にはわんさかいると。
でもなあ。それを言っちゃえばヘルサレムズ・ロットに100%安全な場所なんてどこにもない。
「どこでも同じですって。私はここで婚約者や教会の皆を待ちますんで――」
「ミス・シノミヤ」
「は、はい!」
クラウスさんはずいっと私に顔を近づけるようにする。
私の傷だらけの顔、あまり見られたくないなあ。
「あなたに何かあれば、あなたを気にかける人々が悲しむでしょう」
賭けてもいいが、ンなのはいない。
まあ『組織』の腐れ変態どもは別かもしれんが。