第3章 禁断の果実
このままじゃ、家の中に引き摺り込まれる。
そう確信した時…俺と客を繋ぐ手の上にもうひとつ手が触れた。
『その穢い手を離してもらおうか』
客『はぁ…?』
今までに聞いたことのないような、
ドスの効いた低い声。
まさかこの人から、そんな声が聴けるとは。
「松、本さん…」
潤「その手を離せと言っているんだ、聞こえないのか」
客『アンタ誰だよ』
潤「この人の上司だ、会社の大切な役員に
手を出されては困る…うちはそんなサービスなんてしてないんでな」
そう言った彼の手が、俺とその客の手に
めりめりとめり込んでいく。
客『ちっ…』
松本さんのあまりの気迫に、圧されたのか
その男は舌打ちをひとつした後家の中に引っ込んだ。
潤「大丈夫でしたか?」
「あ、はい…」
俺は握られた手首を擦りながら、軽くお辞儀する。
…なんか変な所を見られてしまった。
すごく恥ずかしい…。
というか松本さんは、何故ここにいるんだ?
「あの、なんでここに…?」
潤「ああ、たまたまこの通りを歩いていたら
仕事中の貴方を見かけて…少し話がしたくて待ってました」
松本さんは、照れくさそうに微笑んだ。
それで俺が遅かったから心配で、
会社の人間のフリをしてまでここまで来てくれた…。
確かにスーツ姿の松本さんは、普段着を
着ている時とは比べ物にならないくらい貫禄がある。
単に似合っている、というだけなんだけど。
潤「そうだ、この後時間あります?
良かったらお茶でも如何ですか?」
「あ、えっと…」
俺は、両手の拳を握り締めた。
…男に迫られて、それも交わせない非力な所
なんて見られたくなかった。
こんなのって…。
「ごめんなさい、仕事があるんで…」
潤「あ、ちょっと…!」
俺は松本さんの引き止めの声を無視して
車に乗り込もうとした。
そしたら、呆気なく腕を掴まれてしまった。
お願いだから、俺に優しくなんてしないでくれ。
「俺に触んな…っ!」
潤「え…」