第1章 清らかな水の王国
男が拳を構え、少年へと殴りかかる。
少年は避けようとしない。まるで殴られるのを待っているようだ。
しかし、そんな様子には目もくれず、シドは迷わず地を蹴り男へと向かった。
すんでの所で男の拳を片手で受け止める。
「まぁまぁ、落ち着けよオッサン」
驚く男の拳を握りながら、シドは金色の瞳を男へ向けた。
刺激しないように、笑いながら。
「こんな所で喧嘩なんてやめようぜ」
「うるせえ‼︎テメェも痛い目遭いてえか‼︎」
「なあオッサン。俺、ここ来る前にあっちの方で軍警歩いてるの見たぜ?」
軍警と聞き、男の表情が変わる。
「な?だから落ち着けって」
「……チッ」
シドの言葉で思い留った男は、少年の胸ぐらから手を離した。
ブツブツと文句を垂れながら踵を返す。
「……待て」
それを、少年が止めた。
「彼女に謝罪しろ」
「あ?」
男の額に再び青筋が浮かぶ。
それを見て慌てたのは、少年ではなくシドと被害者の少女だった。
「何でまた怒らせるような事言うんだよ!」
「もっ、もういいです!私は大丈夫ですから」
少年は納得しなかったが、少女の訴えを飲み口を閉じる。
男はそのまま酒屋から去った。
騒動が治まった事で、他の客は各々の席に戻る。
集まっていた者達も散って行った。
「あの、巻き込んでしまって、すみませんでした!」
「私が勝手にした事だから、気にしなくて良いよ」
それぞれ支払いを済ませた後、少女はシドと少年に深々と頭を下げた。
少年は、重そうな荷物を肩にかけながら、首を振って返した。
先程男を相手にしていた時とはまるで違う、少女を気遣った優しい声音で。
(ツレって訳じゃないのか……)
他人の為に巨漢を相手にしようとしたという事は、余程正義感に溢れた者なのか……
シドは、チラリと少年に視線を向けた。相変わらず、顔はフードで隠れていて見えないが。
「嫌な思いしたみてえだけど、怪我無く済んで良かったな」
「はい…助けて頂き、ありがとうございました」
シドの言葉に、少女は微笑み礼を言う。
シドは改めて少女を見て、無意識に目を細めた。
(この子の髪と目の色……天人族か……)