第1章 清らかな水の王国
この世界には、ヒトが崇拝する対象が複数存在するが、それらは大きく二種類に分けられる。
四つに分かれる世界を創造したと伝えられる《神》と、世に不可思議な現象をもたらす《精霊》だ。
ファトムス王国の民は、その精霊の一柱、水を司る精霊《カエルラ》を崇拝している。
《カエルラ》の加護の下で精製される杯は、清らかな水を国民へと分け与える為の媒体であり、国民の生活を支える要なのだ。
「……で、杯を作る為に必要不可欠な『精霊石』は、この国の国宝なんだよな」
「ああ、そうさ。カエルラ様が宿られる精霊石があるお陰で、王国の魔術師が杯を作る事が出来る。そして俺ら国民は、その有り難い水で酒を作る事が出来る!」
そして好きなだけ飲める!と、言って男は機嫌よく笑った。
シドも一緒に笑っていたが、ふと表情を真面目なものに変える。
「けどよ……カエルラ様がいつまでも居てくれるとは、限らねえぜ?」
「なんだって?」
笑いを止めて男は眉根を寄せる。同じテーブルの男二人も、訝しげな顔をシドに向けた。
「アンタらは聞いた事無いか?今、大陸を騒がせてる“怪盗”の話」
「怪盗……?ああ、聞いた事あるぞ。『怪盗ジェイン』の事だな?」
「それそれ!」
シドは、椅子ごと隣のテーブルに移動し、肘をついて身を乗り出した。
その様子に笑いながら、男達は怪盗について話し始める。
「怪盗ジェインなぁ……ありゃ、本当に居るのか?俺は作り話だと思ってたぜ」
「ニーグレト王国から国宝の精霊石を盗んだって話だろ?そんなの嘘に決まってる」
「何でそう思うんだ?」
シドが訊けば、男達は当たり前だろうと言う。
「一国の厳重な警備を突破して、国宝を盗むなんてそもそも無理な話だ。一人のヒトの力で出来る訳が無い」
「仮に盗めたとしても、直ぐに指名手配されて始末されるだろうぜ。この国もそうだが……ニーグレト王国のバックにゃ、あの『帝国』が控えてんだからな」
「『帝国』の怒りを買って生きてられるヒトなんざ存在しねえよ」
男達の言葉を黙って聞いていたシドは、聴き終えると片手を上げ頭を掻いた。
そして男達に返す。
「でもよ……怪盗ジェインはどの“種族”か分からねえだろ?」