第1章 清らかな水の王国
シドが大体の破片を空になったプレートの上に入れ終わった、丁度その時、音を聞いた宿屋の主人が駆け付けた。
「お客さん、大丈夫かい?怪我してないかい?」
「割っちまって悪い、弁償するよ」
「安物だから気にしなくて良いよ」
笑う主人に感謝したシドが、ふと感じた手に触れる感触。
気付けばセラが、プレートの上に置いていた自分の手に、片手で触れている。
「セラ……?」
「手、どけて」
「ん?」
驚き名を呼べば、セラはシドの手を掴み、プレート上からどかした。
意図が分からず、シドはセラを見る。主人も不思議そうにセラを見ている。
すると、セラは自身の右手の手袋を外し、テーブルの上に置いた。
少女らしい細指の手が、グラス破片の上に翳される。
「トレレス」
セラが唱えると、手の平から淡い光が発生し、グラス破片を照らした。
全ての破片がひとりでに動き出す。まるで記憶していたように、みるみると元の形へと戻っていく。
全ての破片がグラスの形を作ると、破片同士の隙間すら消えてしまった。
「……⁉︎」
シドと宿屋の主人が目を見張る中、セラは光の消えた手を引っ込め、再び手袋をはめた。
シドのプレートの上には、割れた筈のグラスが、割れる前と何も変わらず、置いてある。
(壊れた物を修復……『魔術』か!)
「驚いた!お嬢さんは、『魔術師』なのかい⁉︎」
「……まぁ」
宿屋の主人が驚くのも無理はない。
不可思議な現象を世に起こす《魔術》は、ヒトの中でも源となる《魔力》を持つ者にしか扱う事は出来ない。
《魔力》を後天的に得る方法は無い為、先天的に持つヒトは総じて《魔術師》と呼ばれ、どの国からも重宝された。
《魔術師》であるだけで地位を得、報酬を得、名声を得る。それを蹴る《魔術師》など奇珍中の奇珍。
安宿に泊まる少女が《魔術師》であるという事実は、ヒトに驚愕を与えるには充分過ぎる事実なのだ。
「俺は長く宿屋をやってるが、魔術師様を泊めたのは初めてだよ」
(セラが、魔術師……⁉︎)
素直に喜ぶ主人とは反対に、シドは……セラに対する疑心を抱き始めていた。