第6章 日常…?
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『おぉー…まん丸』
ボールから生地を掬い、広げる葵の横顔は必死で安室を気にする余裕はなさそうだ。
緩んだ顔を隠すことなく葵を見つめる瞳は穏やかで、優しく細められている。
小さな体で安室に精一杯の愛を贈ろうとする葵が愛しい。
沖矢昴という謎の院生からの助言だということは気に入らないが、自分の為に一生懸命になる姿にふと心が軽くなる。
◇◇◇
風見から葵が乗った車を見失ったと報告を受けたときは肝が冷えた。
慌ててGPSを開くと、印は暫く移動した後デパートの駐車場で停止した。確認後、詳細を聞くと車の持ち主は沖矢昴で故意に此方を撒いたかは不明らしい。
湧き上がる不快感を押さえ込み仕事を片付けると葵の現在地が変わり、移動もしている。この速さは徒歩だろう、と食い入るように画面を見つめていると連絡が入った。
気まずさからか訥々と話す部下によると、沖矢は風見らを葵を付け狙う輩と勘違いして撒いたらしい。
ただの院生がそう簡単に捜査官を撒けるものかと疑惑も膨らむが、それよりも葵の無事に安堵する方が先だった。
肺に溜まった空気を全て吐き、背凭れに寄り掛かる。"降谷さん?"と電話越しに呼ぶ部下に返した声が酷く震えている気がした。
(よかった…)
たかが子供一人に此処まで動揺するなんて捜査官として失格だ。
それでも、降谷にとって葵は生きる希望であり、道標だった。
守るために生きる。あの日だまりへ帰る。
(もう大切な誰かは作らないと決めていたのに…)
自嘲めいた笑いを零し、再度自分を呼ぶ声に気を戻した。
『透くん!プツプツしてきたよ!』
「ほんとだ。じゃあ、葵ちゃん交代」
『はーい!』
期待を滲ませ、嬉しそうに目を輝かせた葵に。
いつの間にか何よりも大切になっていたその眩しい程の純白に。
何度恨んだか判らぬ神に、この子だけはと願わずにはいられなかった。
日常…?Fin.