第2章 出会い
「貴方の名前は?私達の名前は聞いていたかしら?」
話に集中するためか路肩に車を停め、腕を組みミラー越しにこちらを見る安室の名前は兎も角、その彼が呼んだ彼女の名前も聞かなかった振りは流石に無理があるのではないかという思いが葵の脳裏をかすめる。
『絢瀬葵...です。ベ、ベルモットさんと...えっと...?』
「ふふ、充分よ。あのね葵、暫くの間これを耳に付けて目を閉じていてほしいの」
そう言って手渡されたのは耳栓のようなもの。よくよく掌に乗るそれを転がすと耳栓型のイヤホンであることが分かった。
流石に犯罪組織の幹部といったところだろうか。葵の心は常にこんなものを持ち歩いているのかと感心すると同時に誘拐される気分だと不謹慎にも少しウキウキと高揚した。
目を閉じ、素直に付ける振りをして左だけを僅かに外す。イヤホンから聴いたこともない洋楽が流れ、若干の聞き取りづらさはあるが大した問題ではないと耳を澄ました。
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「さて、バーボン?」
葵が耳栓を付けた事を確認したベルモットは、先程とは打って変わり色のない声で話し出始めた。そんな彼女に苦笑しつつ安室は肩を竦めてみせた。
「してやられました。これは僕の失態ですね」
「あら、なんのことかしら。それより葵を頼んだわよ?」
「…わかりました。それで?組織への報告はどうするんですか?」
「しないわよ」
「…なぜ?貴方に何のメリットがあるんです?」
「そんなものいらないわ。葵に黒は似合わない」
少女を見つめる瞳には見たこともないような慈しみが込められている。何か裏があるのではと注意深く観察していたが、降谷に女優の嘘を見つけることは出来なかった。だが演技の可能性も否めない為警戒を緩めることもしない。
降谷としても絢瀬葵と名乗る少女を保護することに異論はかった。寧ろ組織から守ることを考えれば妥当だとすら思っていた。
ベルモットのお気に入り、それが身内のいない年端もいかない少女だと知られたが最後、子供の未来は黒く染められ、最悪その灯火が消える可能性だってある。それだけは避けなければならない。
だが、わざわざ組織から存在を隠すほどベルモットが葵に肩入れする理由がわからなかった。
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