第2章 出会い
「出してちょうだい」
「構いませんが、彼女は紹介していただけるんですよね?」
「えぇ。貴方にはこの子の世話を頼みたいもの」
「...は、」
流石の彼もそんなことを言われるとは思わなかったようで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。ハンドルを握る男がトリプルフェイスだと知らずとも独身の若い男に子供の面倒を見ろとは中々に言いづらい。ベルモット(仮)の言葉に葵の瞳に僅かに警戒が浮かぶ。
「すみませんベルモットもう一度お願いします」
やはりと自分の仮定が間違っていなかったことに安堵しつつ持ち直した安室に視線を移す。不機嫌オーラを全面に出しているもののその瞳には心配の色が強い。
「だから、この子の世話を頼みたいのよ」
「…彼女を黒に染めると?」
こんな子供には無理だとでもいうように嘲笑うバーボンに内心で頭を下げた。組織で飼い殺されるつもりはないが葵から聞くことの出来ないこの質問は有り難い。
途端に不機嫌になったベルモットはその顏を歪め、こげ茶の瞳で鋭く安室を睨みつける。
「違うわ。日常生活のことよ」
予想外の言葉に二人が同じような顔で首を傾げる。それから彼女は葵がした話を安室に聞かせていく。話が進むにつれ、同情からか、面倒からか彼の顔に険しさが増した。
もうやめてくれと思う反面ベルモットがそう簡単に諦めるとも思えず。ちらっと葵を見る安室に彼女の代わりに謝罪しておく…心の中で。
「話は分かりました。ですが、なぜ僕なんです?施設に預ける方がいいのでは?」
身の上話が終わったあと口を開いた安室に同意するように瞬いた葵の頭をさらりと撫でるベルモットの手は優しい。だが、これで話を終わらせる程優しくはなかった。
「あら、この子がこのまま施設に行って困るのは貴方よ?」
「は?」
子供とベルモットはまだお互いの名前も知らない。聞いたのは安室が紡いだ彼女のコードネーム、それだけだ。
5歳の子供がこのまま施設に行き、ポロっとベルモットの話をしようものなら施設の人間が全員消され、安室透…いやバーボンにも何かしらのペナルティが下るということだろう。
「自己紹介がまだだったわね」
目を見開く安室にニヤリと口角を上げ、脚を組み直した彼女にこの為に自己紹介しなかったのかと一人冷や汗をかいた。
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