第6章 日常…?
回想から戻り、踏み台に乗って後片付けを済ませた後ソファに腰を落ち着ける。
置いていたリュックから、一本の万年筆を取り出した。
ギャザーの入った黒い軸にゴールドトリム、ペン先に刻まれた#3776。
わかる人にはわかる日本製のブランド万年筆である。
これは昨日、沖矢と別れ帰路についているときに、すれ違った男が落としたものだ。
ふと既視感を覚えて声を掛けるのが遅れてしまい、万年筆を手に振り向いたときには既に姿が見えなかった。
仕方なく持ち帰ったそれを眺め、あのときの既視感について思い出すべく、ここ数日の自分の行動を辿っていく。
そして、数日前に新聞片手に公園のベンチに座っていた男、今日葵達の後にカフェに来店した男、眼鏡の有無や髪型の違いはあれど、特徴的な眉と顔の造形が似通っていることに気付いた。
それを只の偶然だと片付けるには不自然な点がある。
公園の男はボサボサの髪に草臥れたスーツと黒縁眼鏡という出で立ちで、左手には指輪があった。
対してカフェの男は、角度的に指輪は見えなかったが、スリーピーススーツでぴしっと決めていて、眼鏡はなし。同一人物だとしたら異例のスピード出世か、変装かの二択になる。
加えてすれ違った男は、シャツとニットとチノパンというカジュアルな格好だった。
スーツ姿が印象に強く残っていた為、その男の顔に既視感を覚えたのだと思う。
世の中には同じ顔の人間が三人いるというが、そんな偶然がある筈がない。あの男に見張られていると考えて間違いなさそうだ。
出来れば公安の人間であってほしいけれど、組織が幹部と生活を共にする子供と接触する機会を窺っている可能性が0じゃない限り、楽観視は出来ない。
それにもし、これを落としたのが無意識だったとしても、葵に返しにいかないという選択肢はなかった。
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