第2章 出会い
何もないよりはマシだが、流石に充分な栄養が必要な子供がチョコと水で過ごすのはいただけない。
溜息を吐き、ふと路地裏を横目で見たときだった。
―――女の人...?
薄暗いその場所で女性が一人腕を押さえて蹲っている。指の間から覗く淡い色合いの服は赤く染まっていた。
『お姉さん大丈夫?どうしたの?』
駆け寄り声を掛ける葵に女性は一瞬剣呑な表情を見せたものの、直ぐにぎこちなく目尻を下げた。
「よそ見してたらぶつかって切っちゃったの」
あなたもよそ見はダメよ?と笑う女性に返事を返しながら、ざっくり切れている服の隙間から患部を見る。
昔に嫌という程見た刃物による傷で間違いなさそうだ。
傷害事件かと周囲に気を配りながらリュックに手を入れ真っ白いタオルを女性の前に差し出した。
「…え?」
『はい!このタオル使って?ハンカチと絆創膏とお水もあげるね!』
「……ありがとう。助かるわ」
怪我に慣れているのか手慣れた様子で真新しい水のペットボトルを開けた。傷を洗いタオルで覆う女性に断りを入れ、落ちないよう上下を裂いたハンカチで縛る。そして再びリュックを漁り目当てのものを手に取った。
『じゃーん!チョコ!食べたら元気がでるよ』
気落ちしたままの気分が少しでも上がればいいと思ってのチョコは効果があったようで、笑顔で礼を言うとパクリと口に入れた。
ミルクチョコレートの甘さからか、焦げ茶色の瞳を細めたその姿に葵の口から安堵の息が漏れた。
「ほんとだ。凄いわ魔法使いね」
『よかった!お姉さんが笑ってくれて!笑顔の方がずっと綺麗!』
あまりに綺麗な笑顔につられるようにえへへっと笑みを浮かべると彼女は目を丸くしたあと体から力が抜けたように微笑んだ。
「お礼がしたいわ。ママやパパは何処かしら?」
顎辺りで揃えられた黒髪が揺れた。首を傾げながら聞く女性は葵が一人だと確信しているような感じがして、ヒクリと頬が引き攣るのを感じながらこの辺りにある建物を思い出すことに専念する。
この世界に生まれた葵の最大の武器は記憶力だと言えるが、一度見たら忘れないこの力を意図的に使うのは初めてのことだった。
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