第3章 すたーと
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「僕だ。連続婦女暴行の指名手配犯だが、米花公園付近の大友ビルという所に潜伏している可能性がある。至急調べて情報を警視庁に匿名で渡してくれ。特徴は後ろに龍の描かれたグレーの長袖シャツに黒いズボン。靴は白、靴紐は黄色。右手にシルバーの大きめの指輪、左手にゴールドの細い指輪。黒い帽子と眼鏡だ。頼んだぞ。」
葵が寝たあと部下に彼女から聞いた特徴を伝え通話を切り、息を吐きソファに背を預ける。情報源を知りたがっていたがそれは明日で良い。
葵は記憶を忘れたことはないと言い切った。恐らく彼女はカメラアイ…瞬間記憶能力を持っているのだろう。人の記憶は不確かで、あそこまで細く覚え更に詰まることなく伝えるなんてことは不可能に近い。
一瞬で見たものを写真のように記憶する能力。それがあの子にはあると思っていいだろう。
あれは一見素晴らしい能力にも思えるが、忘れることができないという最大のデメリットがある。これは想像する以上に辛く苦しいことだろう。
思えば葵が百貨店で何処に何があるのか全て把握している節があったり、帰りに車まで迷う素振りも見せず一直線に向かっていたりと、それらしいサインは度々出ていた。
これはなんとしてでも組織から守らなければならなくなった。奴等に知られればどんな手を使ってでも必ず引き摺り込もうとするだろう。
葵にとって安室は家族であり帰る場所でもある。それは降谷にとっても同じことが言える。
過ごした時間こそ短いが、降谷に手放すという選択肢は微塵もなかった。
あの子の幸せの為にも、生きて、守りたい。
葵の眠る寝室へ向かい、あどけない寝顔を見ながら決意を新たに固めてそっとベッドに入った。
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