第9章 兄と親バカと花見
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一流と名高いホテルの東都を一望出来るロイヤルスウィートルーム。
ワイングラスを揺らす女は壁一面に嵌め込まれた窓近くに置かれたソファへ座り、紅く色づいた唇で美しく弧を描いた。
「喜んでくれたかしら」
ガラスに映る自身を見つめているように見えた女はその翠に親愛を灯し、そっと瞼を下ろした。
最近では世界各地での仕事を終えた後、滞在地近くにあるショップを巡るのが女…、ベルモットの常となっていた。
原色に近い色はあの子の魅力を半減させてしまうだろうと手に取る物は淡い色合いばかりになってしまうが、その中でも白が多いのは当然の結果と言える。
ベルモットに、クリスにとって葵という存在は太陽から降り注ぐ光の化身のような者だった。纏わりつく闇を、業を振り払い、重圧に膝をつく自分を掬い上げ、輝かんばかりの翼で包む。
明るい日の下で生きる人間には決して理解できない事だろう。
彼女が笑うだけで、全てが赦されているかのように錯覚してしまう。"大丈夫""怖くない"とベルモットの上にのし掛かる命を、憎しみを浄化してくれるような。
神の真綿で包まれたかのように可愛い可愛い子。
あの白さはある者には救いになり、ある者には脅威になる。そして、ほの暗い瞳で長い銀を靡かせる者にとっては間違いなく脅威となる筈だ。あの男は純黒であり、それ故に純白を忌み嫌う。
だからこそ、守りたいと思う。
自分の安寧の為という邪心が100%ないとは言い切れないが、心地よい白を塗り潰したくないというのも本心だった。
すっと覆われていた翠をガラスに写し出し、思考の波から上がったベルモットは葵の微笑みを脳裏に浮かべ決意を新たに固めた。
しかし、穢れを知らない純白で無垢な笑顔を今頃あの胡散臭い男が独り占めにしているのかと思うと沸々と悔しさが込み上げる。
自分はクリス・ヴィンヤードとして頻繁に会うわけにはいかないというのに。
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