第9章 兄と親バカと花見
似合っている、可愛いと言われるのは嬉しい。世辞や社交辞令だとしてもそう感じてしまうのだ。本心で言われたならばその嬉しさは一入だろう。
だが、それを素直に受け取れない理由もある。
葵の後ろにあるクローゼットには、未だに一度も日の目を見ていない服が大量に眠っている。
もう一度言おう。大量に、眠っている。
自室が出来たあの日に戻れるのなら、全力でカゴは1つでいいと説得するだろう。
値札のみを外された新品のそれらが早く早くと急かすが、手に取られる前に目の前で綺麗な笑みを浮かべている男が新たな戦利品を葵の手に握らせるものだからいつまで経ってもその数は変わらない。いや、増えているとさえ言える。
新しい物は確かに心が弾む。だが、子供の成長は早い。服のサイズなどあっという間に変わっていくのだ。着られることのない服達は新品のまま捨てられるのか、それとも古着と名を改めるのか…それは安室次第だが、それを勿体無いと思うのは当然の事だろう。
出来れば全て一度は袖を通したいとサイズの小さい服から手をつけているのだが正直体が足りない。だというのに更に増やされた服に思わず遠い目をしても仕方がないのではなかろうか。
「その帽子に合うワンピースと靴もあるんだ」
『…』
がさがさと取り出す音を背後で聞きながら、鏡の中で遥か彼方を見つめていた子供の瞳がやれやれといった風に閉じられた。その心の中で頭を抱える女から盛大な溜息が漏れる。
しかし、呆れる二人の口元に浮かぶ微笑を誤魔化すことは出来そうになかった。
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