第9章 兄と親バカと花見
チョコレート色の丸いフォルムは触れる前から柔らかいと断言出来るほどふわふわとしたファーに覆われ、右の側面で揺れる二連の銀杏が可愛さに拍車をかけている。
恐る恐る伸ばした手に寄せられたそれはやはり柔らかい。アンゴラ…だろうか。
いや、それよりも…。
違和という程ではないが、このブランドだけ他とは僅かに離されているように感じて、触る手はそのままに頭を後ろに倒した。
予想外の事で咄嗟だったのだろう、少し強めに肩を支える手の主のきょとんとした蒼が視界に入った。
もふもふとしたそれを撫でるように触れる葵をじっと見つめていた安室だったが、ふと悪戯が成功したかのように口角を上げパチンと片目を閉じた。
「ふふ、ばれちゃったかな…。こっちは僕から」
そう言ってまだ開かれていない銀杏マークを片手で引き寄せた彼は、突然に葵の体を反転させた。
高速横回転に何だ何だと身構えていると、脇に差し込まれていた手が頭に回り何かが乗せられた。
反射的に瞑っていた目を開くと満足気な安室がニコニコと笑っている。
徐に自身の後ろから鏡を取り出した彼がそれを胸の前で固定した。覗き込んだ鏡にはチョコレート色のベレー帽を被った子供が動揺を色濃く滲ませた瞳で此方を見つめている。
『これ…』
「ん?ああ、これはベレー帽だよ」
"よく似合ってる"と柔らかい声色で言う安室に素直に礼を告げる口とは裏腹に、心の中で佇む葵の口元は引き攣っていた。
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