第9章 兄と親バカと花見
「何かあった?」
『…なんでもない』
「流石に信じられないかな。…僕には言えない?」
寂しげに放たれた一言に反射的に首を横に振る。しまったと思うも時既に遅く、安堵したように軽く息を吐いた彼の"教えて"と続く言葉に鈍る脳のまま口を開いた。
『コナンくん達を…悲しませちゃった』
「何で?」
『どうしても出来ないことがあったの…』
「…そっか。それは葵ちゃんが嫌なことだったのかな?」
『ううん。すごく、すごく嬉しかった』
「コナンくん達にそう言ったかい?」
『…ううん。それでも何とかするって言ってくれたけど…でも…』
「傷付けたのに優しくされて、どうしたらいいかわからなくなっちゃった?」
『…』
違うと首を振ることが出来なかった。そんな自分に驚いて目を見開いていると、府に落ちたのか軽く頷いた安室の手が肩に乗せられた。
「大丈夫、これから知っていこう。今回は何とかしてくれるって言われてるからね、ごめんねよりありがとうってちゃんと伝えよう」
『謝らないの?』
「謝ることも大切だけど、こっちの方がコナンくん達も嬉しいんじゃないかな。…出来る?」
覗き込むために首を傾げた彼の髪がさらりと流れる。柔らかそうなその絹糸のような髪の奥から此方を捉える蒼には多分に優しさが含まれている。
引き込まれ、呆けたように見つめる葵の混乱が飛び交っていた脳内が、嵐の後凪いていく海のように徐々に落ち着きを取り戻していく。
『できる……出来るよ!』
「うん。…いい子だ」
"大丈夫、きっと悪いようにはならないよ"と微笑む彼の瞳はやはり全てを見透かしているような気がしたが、そんなことよりも頭を、頬を撫でる武骨な手の持ち主が初めて発した"いい子"が想像以上に嬉しくて。
緩む頬のまま安室の首元に抱きついた。その拍子にベッドからずり落ちた体を危なげもなく支えた手が背中を撫で、もう片方の手がさらさらと愛しげに髪を浚った。
.