第9章 兄と親バカと花見
□
賑わっていた昼時を駆け足で走り抜け嬉しい悲鳴に汗を拭うと、次にゆったりとやってきた夕暮れ時はとても静かなものだった。思わずといったように暇だなぁと呟く梓に賛同していると来店を告げる鐘がなる。
拭いていたテーブルから顔を上げると、そこには自分の好奇心を刺激している謎の多いあの少年がいた。眼鏡越しにじっと安室を見るその青は普段より幾分か鋭く、何かあったのかと声を掛けようとするが、先にカウンター席へよじ登ったコナンに声を掛けたのは彼女だった。
「いらっしゃいコナンくん。何にする?」
「オレンジジュースがいいな」
にこやかに答える彼に可笑しなところはない。梓と話しているときは特にいつも通りに見えるなとカウンターに肘をついてじっと見返すと、やはり僅かに鋭くなる瞳に首を傾げた。
「僕何かしたかな?」
「え?」
「顔、怖いよ」
無意識だったのか分かりやすく慌てたコナンは運ばれたオレンジジュースに視線を落とした。話すか否かを悩んでいるのかと思いきや、彼は梓を気にしているようだった。彼女が近くを通る度に口を閉ざすのを見て仕方がないなと軽く息を吐く。
「梓さん」
「はい?」
「今日はもう上がっても大丈夫ですよ。お客さんはコナンくん以外いませんし」
「え、でも…」
「いつも迷惑かけてますから…これくらいさせてください」
頬を掻いて全然足りませんけど…と続ければ、胸の前で手を振った彼女は申し訳なさそうしながら頭を下げてバックヤードへ消えた。それを確認して隣に腰かけると、静かに加えていたストローを離したコナンが口を開いた。
「葵に探偵バッジを持たせたいんだけど…」
「探偵バッジ?」
「これだよ」
そう言ってポケットから取り出して見せたのは、子供の掌に収まる程小さなバッジだった。手に乗せられたそれを繁々と眺めると"トランシーバーになってて…"と説明する声にアンテナとマイクがあるのはその為かと納得した。しかし、異論はないと開きかけた口は続けられた言葉に引き結ばれた。
.