第3章 すたーと
「それじゃあ、行こうか」
安室のその言葉により車内での会議は終了した。そのまま今すぐ必要なものを買いに百貨店へ入る。
一度家に取りに帰っては駄目なのかと質問を投げた葵に安室は眉尻を下げた。子供の私物は当然母親が買ったものである。安室は母との思い出が詰まった私物を見て葵が悲しむのではと危惧しているようで、最後まで首を縦には振らなかった。
そんな安室の気遣いも空しく子供に母との思い出はないに等しかった。彼女は常に葵を拒絶し遠ざけて、毎日仕事のあとは遊びに行く人だったので家に居る時間も少なかった。
それでも暴力などは振るうことはなく、5年間育ててくれたのだからと葵は感謝こそすれど恨むことはなかった。
つまり葵は勿体ないから取りに帰ろうと申し出たのだが、安室は思い出があるから取りに帰りたいのだと勘違いした。
こういうのは訂正をすればする程悪化するのではないかと逆に素っ気なくしてみたが、男に効果はなかった。
「お母さんが葵ちゃんに買ってくれたのは何色かな?」
「お母さんが選んでくれたパジャマと似たものを買おうか」
等々。
葵と安室の生活は多大なる心配と迷惑を掛けるという申し訳なさすぎるスタートを切り、5歳児の大変さと大量の罪悪感を覚えた苦い買い物となった。
ちなみに、白いパジャマと答えた葵に安室が選んだのは猫耳とうさ耳の白いパジャマだった。
猫耳はワンピースタイプでフードから襟元を黒い猫の尻尾がぐるりと囲んでおり、裾部分には毛糸にじゃれる猫の刺繍がされている。うさぎの方は上下分かれておりフードにうさ耳があり、七分丈のズボンの裾部分にうさぎの尻尾が一つずつ付けられていた。
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