第2章 出会い
安室に多大な苦労をかける選択肢しか残さなかったベルモットを少し恨めしく思うものの、こればかりは彼もどうしようもないとまで考えたとき、喉に小骨が引っ掛かったような感覚を覚えた。
本当にどうしようもなかったのだろうか。潜入捜査官という常に危険に身を置いているような彼が、ああも容易くその名を呼ぶのは不自然にも思えた。
葵の頭の中でぐるぐると形を変えるピースが、あるところでぴったりと枠に填まった。
これは安室透が、降谷零が望んだ結果だったのだ。
あそこで安室がベルモットの名を呼んだのは少なからずあの状況に誘い込もうという意図があったからだろう。
彼は葵を守るために動いていた。初めに顔を顰めた時からすぐに子供が組織に道具として育てられる未来を阻止すべく、安室の優秀すぎる脳は最善を弾き出した。
組み立てたシナリオに確信を持ち進んでいたからこそ、あそこで驚き息が詰まった。ベルモットが葵を守る…そこだけが安室の予想外だった。
策を手にワイングラスを揺らしていたベルモットが居たのは最初から安室の掌の上だったということだ。
瞬時に物事を見抜く洞察力、その時々で最適なものを選ぶ判断力。
本当に恐ろしい程頭の切れる人だと葵の肩が震える。
揺れる髪を目に止め、脱線した思考の分岐を元に戻す。今やらなければならないことは安室透の呼び方を決めることだ。
すぐに別れるのだからと特に重要性はないと思っていた葵だが、早急に決める必要があると脳内で会議を開いた。
透さん
呼びづらいし、幼児が呼ぶには不自然。
安室さん
流石に他人行儀すぎる。
お兄ちゃん
却下。今後の生活が罰ゲームにしかならない。
小さい葵がボードに案を書き連ね、それを議長と書かれた札を下げた葵が次々と消してゆく。
結局口に出したものは、議長自ら発案したものだった。
『うん。透くん、これからよろしくお願いします!』
瞳を瞬かせる安室に自然と頬が緩む。
ふわりと柔らかく笑い返した彼はこれからも目の前の子供を守るのだろう。ならば、せめて彼の心は葵に守らせて欲しいと願った。
出会いfin.