第9章 兄と親バカと花見
暫く静寂が流れた空間を壊したのは、"あー"と間延びした声と頭を掻き毟る音だった。
「知られたくないって言ってもなー。葵だって友達呼ぶこと位あるかもしれねぇだろ?」
『ううん、外で遊ぶ』
「雨だったら?」
『また今度にする』
どうしても持ちたくない葵と、どうしても持たせたいコナンの攻防が始まり、次々に投げられる言葉をその都度弾いていく光景が広がる。灰原が静かに見守る中、先に止めたのは疲れきった顔をしたコナンだった。
「どうしてそんな頑ななんだよ…」
額に手を当てながら何気なく放たれた問いに葵は一度深く息を吐き出した。
『…だって』
「ん?」
『良い子にしないと置いてかれるから…』
「…安室さんがそう言ったのか?」
批難が混じる視線に大きく首を横に振る。
『お母さんはわたしが悪い子だから嫌いって…』
「「!?」」
『いらないって言ってた…だから良い子にしないとまた捨てられちゃう』
嘘は最低限にすると決めていた…言葉にも、涙にも。けれど、どんなに想像しても安室が葵を捨てる姿を思い浮かべられず、その結果涙を流すことも出来ずにその場に蹲るだけとなってしまった。
目を閉じてじっと耳を澄ませていると足音が響き、次いでゆっくりと頭を撫でられる。そのまま両手で抱き込まれたのだと理解すると耳元で小さく息を吸う音がした。
「ずっとそんなこと考えてたの?」
『…』
「馬鹿ね。あの人が貴女を捨てる所想像できた?」
『…ううん』
「それが答えじゃない。貴女は愛されてるの。愛されているのよ」
「博士に話してみるから心配すんな」
作戦は成功だというのに一段と強く刃を押し込まれた傷が裂け、溢れ出たものが涙として零れた。背中を撫でる手の優しさが滲みて、心の中で何度もごめんなさいと繰り返しながらその体に縋り付いた。
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