第9章 兄と親バカと花見
くいっと灰原の服を引くとウェーブのかかった髪を揺らした彼女の綺麗な緑に申し訳なさそうな自分が映り込んだ。
「どうしたの?」
『内緒の話…聞いてくれる?』
"勿論"と笑った彼女が葵の手を引いてドライバーを手にした博士に少し地下に行くと伝えると、きょとんと瞬き首を傾げながらも頷いている。子供達は話に盛り上がり此方に気付いていないようだ。
前を歩く少し大きな背中に付いていくと、重い扉を開いた彼女は下へ続く階段を下り一台のパソコンと様々な資料、薬品が置かれた薄暗い室内へ入ると振り返った。
「この地下室、博士がたまに使っているの。防音されているから内緒話に最適でしょ?それで、どんなお話?」
柔らかく目を細める彼女を騙すことへの罪悪感でゆるゆると視線は下へ向かう。それを冷たく見下ろした自分が随分優しくなったのねと嗤う。
『あのね、バッジ欲しくない』
「…待って、江戸川君を呼んでくるわ」
厄介な話だと判断したのか、彼ならば葵を説得出来ると考えたのか、中断した灰原は走って上へ戻るとコナンの腕を掴んで戻ってきた。
「ごめんね、葵ちゃん。もう一度お願い」
『…バッジ、欲しくない』
「なんかあったのか?」
眉を寄せる2人の瞳はどうしたんだと訴えていて、それが葵に刺さった罪悪という名の刃を更に押し込んだ。
それでも──
『わたしが居るところ分かっちゃうんでしょ?』
「あー、まあな」
「でも何時でも分かる訳じゃないから大丈夫よ」
『透くんはあんまりお家の場所知られたくないって言ってた』
「なるほど」
"それが原因か…"と小さく呟くコナンの目は鋭さを増し、灰原は更に眉を顰めた。視線を一身に浴びる葵は俯いていたがその瞳に先程までの揺らぎはなく、静かにじっとただ前を見据えていた。
その瞳が映すのはたった一人の家族。
それを守るための覚悟など、とっくの昔に決めていただろう?
嗤っていた彼女はそう言うと目線を合わせ力強く頷いた。
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