第6章 女神の軌跡(5)
「あのねぇ〜、わたしぃイヴァンにぃ大切な話があるんだけどぉ〜」
自分でも気色悪いと思いながらわざと変な風に裏声で喋りつつ、すぐ傍にある引きしまった剥き出しの二の腕をツー…と人差し指でなぞった。
瞬間――バッとイヴァンが勢いよく立ち上がり。
「ファック!キモいんだよっ、その姿で変に近寄んじゃねえ!シット!」
ワーオ、顔色真っ青。
「あ、鳥肌」
「触んな!クソッ」
煽ったのはわたしだけど、これは想像以上だ。
あまりの騒がしさに思わず見える範囲で辺りを確認してしまう。
…誰も気にしていないし、向かいのベルナルドは不在。よかった。
「あんまり騒ぐと看守がきちゃうよ?」
「お前のせいだろ!」
「ハイハイ、ごめんごめん。わかったから……ほら」
これ以上うるさくされたら話ができないので、鉄格子に背を向けると実体化は解かずに女の姿へ戻る。
「これならいいでしょ?」
「……Shit!」
ジロッっと嫌そうにわたしを確認してから、イヴァンは渋々といったように再び腰を下ろした。
「ねぇ、なんかさっきより遠くない?」
「気のせいだろ。無駄話すんなら帰れ」
「無駄じゃありませんー。そうだなぁ…もう面倒だから単刀直入に言うね、わたしと取引しよう」
「は?取り引き……お前と、俺が」
イヴァンはなに言ってんだこいつ的に眉間にシワを作ったが、一瞬の間に何を考えたのかすぐにそれは薄くなり。
「続けろ」
「…わたくし自称ではありますが、これでも幸運の女神とかいうやつで」
「ソレはもう聞いた」
「…まぁ効果のほどはジャンの二つ名を聞いてのとおりです。そこで提案なんだけど」
今、ジャンの名前を出した途端イヴァンの眉がピクッと跳ねるのがわかった。
どれだけ意識してるの…好きと嫌いは紙一重ってヤツ?嫌よ嫌よも好きのうち?
「イヴァンが望むなら…これから毎日、あなたに幸運をわけてもいいよ」
「それの対価はなんだ」
頭の出来がよろしいと話が早くて助かる。
…イヴァンの場合、他で色々と時間取られるけどね。
「簡単なことだよ」
普通に考えればね。
「ジャンの味方になって」
ごくごくシンプルでわかりやすい。
「ジャンを助けてほしいの」
単純明快なお願い。
「あのこを傷つけることは、絶対にしないで」