第12章 新人
兄と別れて出勤した紬は、自分の執務室ではなくとある場所に赴いていた。
「やあ、広津さん」
「!」
ニコニコ笑って目的の人物に話し掛ける紬。
一服していた広津は煙草の火を消した。
「おはよう紬君。今日は出勤時間が遅いようだな」
「うん。きっと今ごろ中也が私の分まで働いている頃さ」
「そうか。して、用件は何かな?」
「そうそう。此れを樋口君に渡してくれないかい?」
「?構わないが」
そう云って手に持っていた紙袋を渡す。
「そして、お昼に中也の所に持って行って欲しいんだ。『今すぐ開けて下さい』って伝言とともに。嗚呼、勿論、私からなんて云わないでくれ給え」
「……承知した」
広津は直ぐに気付いた。
この荷物は紬の『嫌がらせ』なのだと。
何を企んでいるかは今のところ定かではないが、
ことの凡てが明らかになれば自らも何かしらの被害を被るだろう。
―――昨晩の一件の咎めを未だ受けていないのだから。
「ところで中也は此処に居るのかい?」
「中原君なら先刻、戻ってきたところだよ。きっと今頃、首領のところだろう」
「そう。有難う」
紬は笑顔でお礼を云うとその場を後にした。
そして、自分の執務室へ向かう途中で所在を確認した人物に出会した。
うげっ、と小さく云った中也の隣に並んで
一緒に歩き出す2人。
「……今ごろ出勤かよ」
「羨ましいでしょ」
「チッ。本当に手前ェは………!」
自分よりも少し背の高い紬の方をバッと見上げて……。
文句の1つでも云おうと意気込んでいた中也は何かに気付き、言葉を紡ぐのを止めてしまった。
「?」
首を傾げる紬。
中也は再び小さく舌打ちして紬の髪を。
―――正確には髪を結んでいたゴムを引っ張った。
パサッと乾いた音を立てて髪が広がる。
「痛たたっ。何だい?!いきなり!」
「下ろしてろ」
「……?」
ポイッと投げて返却されたゴムをキャッチして
紬は、「あー。」と納得した様子で声をあげながら左首筋に手を当てた。
そして、今朝方。
中也の嫌がらせについて忠告した際、
兄が了解の意を渋った理由を悟ったのだ。