第12章 新人
紬と中也がお互いの鍵を握り合っていることは今に始まったことでは無い。
太宰がマフィアにいた頃からそうだったのだ。
正確に云うならば『太宰兄妹』と『中也』だが。
兄妹と云えども任務で帰宅がバラバラな時もあるため『太宰家』のカードは3枚、『中原家』のカードは2枚、絶対に存在していた。
若し、太宰兄妹が中也の家の鍵を無くしたならば―――
恐らく中也の場合、全力で怒鳴るだろうが直ぐに諦めて鍵を交換する選択をとるだろう。
因みに、紬が管理していたため紛失したことなど一度もないから何とも云えないが。
逆に中也が太宰兄妹の家の鍵を無くしたならば―――
中也は以前、一度だけ鍵を紛失したことがある。
無くしたのは『太宰兄妹の家の鍵』だったのに、中也の被害総額はウン百万にのぼった。
―――大事にコレクションしていた葡萄酒を数本盗まれたのだ。おまけに、水の入った浴槽にお気に入りの帽子凡てが沈められていた。
勿論、こんなことする人間なんて此の世に双りしか存在しない。
昨日、紅葉に頼まれて中也は『紬の家の鍵』を渡した。
半ば強制的に協力させられたわけだが。
しかし、自分の家の鍵ならまだしも紬の家の鍵を持っていないことが紬にバレれば、その場で身ぐるみを剥がれるだけでは……きっと済まない。
かと云って、紬から鍵を盗んだとしてだ。
大事に管理している筈の鍵が『3枚』から『2枚』になっていることに紬が気付かないわけが無い。
―――おまけに、魂胆まで見抜かれるという最悪な状況に陥る。
パッと見は全く同じカードキー。
目印を付けていたとしても良く見比べなければ気付きはしないだろう。
そう考え、中也は自分の家の鍵と紬の部屋の鍵をすり替えることにしたのだ。
だから中也は、昨晩、鍵を開ける気配を見せなかった。
この場さえ凌げば。
太宰兄妹が『きちんと会うこと』さえ出来れば
凡てが解決することくらいは判っていたから―――。
「治は中也に借りを作った状態なんだから嫌がらせなんてもっての他だよ」
「……。」
「返事は?」
「……はい。」
まあ、良いか。
癪だけど………こうして紬と居られるのだから。
太宰は少し長く息を吐いて紬の手を握りしめた。