第22章 想歌
「お疲れ様です」
部下その2が元気よく挨拶をしながら中也の執務室に入ってきた。
否、入ろうとした。
扉を開けて「お」まで紡いだ瞬間に、部下その1が素早くその口を塞いだため成し得なかったのだ。
声を出すなって意味か。
コクリと頷くと、部下その1が手を退かした。
「おう。お早う」
「…お早うございます」
部下に気付いて中也が声を発する。
その声は何時も通りの音量だったが、部下は小声で返事した。
時刻が既に午後3時過ぎなのに「お早う」と云われたことに疑問を抱いたからという訳ではない。
何時もは机に向かっている中也がソファに座って仕事をしているーーーその事が何時も通りではなかったからだ。
ゆっくり入室して、凡てを理解した。
「え。」
中也の膝を枕にして眠っている人間が居たのだ。
中也が書類の手を動かしながら、もう一方の手で眠っている人物の頭を撫でている…。
部下その2は思わずその1を振り返った。
『何も知らない。訊くな』と云わんばかりに首を横に振る。
そんな時、来室を告げる叩敲が響いた。
中也がそれに応じると派手な着物を纏った女性が入ってきたのだ。
「「尾崎幹部!」」
部下が驚き頭を下げる。それに応じて中也の方に歩み寄ってきたのは同じ幹部の尾崎紅葉だった。
「姐さん」
「矢っ張り此処に居ったか」
手に書類を持って、中也の膝で丸くなって眠っている人間を見ながら溜め息を着いた。
この溜め息は、眠っている人物に向けられたモノではない事を中也は知っていた。
「兄妹喧嘩が済んだ途端にこれか」
「いや、何時もじゃあ……」
「じゃが、また息着く暇も与えなかったのじゃろう?」
「……。」
「紬も災難よのう。あの食わせ者だけでも大変じゃろうて中也まで云うこと聞きやしないんじゃから」
「反省してますって!」
中也の大声に、眠っている人物ーーー紬が僅かに身動ぎする。
が、覚醒には至らなかったのか。再びすぅすぅと寝息を立てた事に中也は安堵の息を洩らす。
「ったく。此れを紬に頼もうと思ってたんじゃが………中也や。責任もってお主がおやり」
「判ってますよ」
「あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「……肝に命じておきます」
紅葉は眠っている紬を一切、咎めることなく退室していった。