第22章 想歌
自分の執務室に戻り、ソファにゴロンと横になった紬は何かに気が付いてポケットを漁った。
「もしもーし」
『まだ起きてたかい?』
「勿論。もう少し掛かるみたいだからね」
震えて着信を報せる端末を操作して、通話を始める。
『そう。此方も後2日は掛かる』
「丁度良いね。途中で呼び出される事がないように確りと働き給えよ」
『うふふ。勿論だとも。楽しみだなー』
「今が一番身が詰まってて美味しいらしいよ」
『否、蟹も楽しみだけど違う』
「……うん?」
電話の相手の否定に、少し眉が動く。
一番の好物を用意しておくと云っているのに否定されたからではない。
何やら不穏なモノを……嫌な予感が過ったのだ。
『何でも1つ云うこと訊いてくれる約束だもんね?楽しみだなあ。取って置きのモノを用意してるんだー』
「ああ、そうかい」
矢っ張り食事だけでは済まないか、と。
弾む相手の声を聞きながら紬は溜め息を着いた。
しかしーーー
「まあ、約束だからね」
その表情は、とても穏やかなモノだった。
一度は失われた、自分に関する記憶。
それが凡て元に戻ったということなのだからーーー。
何時も通りの兄の声を聞きながら紬は安心したように笑っていた。
しかし、抑も何故そのような事態になってしまったのか。
思い出したくないことまで思い出してしまったのだ。
「そう云えば………云い忘れていたよ」
『…何だい?』
ふ、と。
穏やかな口調から普段、仕事中に使うような声音になったことを敏感に感じ取った兄ーーー太宰も真剣な声で返した。