第21章 終焉
「見ての通り、少し頑丈な壁で覆われただけの部屋だ。鍵は彼女が持つことになるから逃げようと思えば逃げられる。態勢を整えるための算段をして、逃げることを選んでも構わないよ」
「逃げる……」
「私が君に用意してあげるものは、今から此処に来る彼女にとって『最も大切なモノ』なのかを知る機会を与えることだ。それが取引だっただろう?」
そうだ、と××は心で呟いた。
昨晩、聴かされた『音声』が偽物ならば悩むことはない。
紬の云った通りに逃げ出せばいい。
しかし、本当ならば。
彼女は自分の事を裏切ったーーーなんて言葉で済むものではない。
聴かされた内の1つ。
彼女と寝台を共にしていただろう男の声は……
「貴女は」
「ん?」
××は紬を真剣な顔つきで見た。
「貴女は本当の事を既に知っているんですか?その……彼女は義兄さんとヤるような関係だって」
突然の質問に一瞬だけキョトンとした紬だったが、直ぐに微笑んで口を開いた。
「そうだね。そして、もう1人聴こえてきた男の正体も知ってるし彼女が『今』最も大切なモノに思っている人物も判るよ」
「っ!!」
××の眉間に皺が寄る。
「でも直接見なければ信じられないだろう?無理もないけど。君は義兄達のために犯罪の片場を担いだのに裏切られたって事なのだから」
「……。」
紬の声が××の脳内を侵食していく。
「彼女が君を忘れていなかったら、彼女が本当に忘れてしまっている人間を此処に寄越そう」
「えっ…!」
思わぬ提案に目を見開いた。
「但し、その人間に危害を加えることは出来ない」
「それは何故…」
「その人物はこのポートマフィアきっての体術使い。悪いけど、私では勝てないよ」
男の脳裏に、昨日会った小柄な男が浮かんだ。
恐らく昨日の音声の、もう1人の男。
「でも諸悪の根源ーーー彼女の方は如何にでもなるよ?」
「っ!?」
「君が『彼女』を如何にかしたいと思ったならば、その彼に頼むといい。私の指示だと云えば利いてくれる」
「……。」
そう云った瞬間に、何かに反応するようにピクッと動いた紬は懐をまさぐって何かを取り出した。
出てきたのは通信端末ーーー
「時間だね。では」
黙り込んだ男に微笑み掛けて、紬は部屋を後にした。